なおきちです。
ここのところ全く放置状態でした。
菜園ブログとしてスタートしたのですが、最近は事情により畑のほうはちょっとお休みしています。
その放置状態のブログですが、なんと私の東京の両親が発見したようです(笑)
私は以前から母に竹下雅敏氏のことをすすめ、「シャンティ・フーラの時事ブログ」や「光の海から」をみるように日頃言っているのですが、どうやらリンクを辿ってこのひっそりと隠れたブログを見つけたようで喜んでました。
二人とも今年で70歳になりますが、父はパソコンを扱うのが(多分)嫌いではないようで、「喫茶店にノートPCとスマホを持ち込んでこのブログを見た」と楽しそうな報告を受けました。
母からは「竹下先生の本が発売されたのよね、ぴよ・・・なんとかって言う…」言葉が。
「ぴ・よ・こ・と」です(笑)
「ぴ・よ・こ・と」の紹介 こじかBooks のHP
↓ ↓ ↓ ↓
http://kojika-books.com/pages/piyokoto/
なんだか息子が喜びそうな話題をふってきて健気で微笑ましいかぎりですが(^^)こうして竹下雅敏氏の思想や著作に触れてもらえるのは本当に嬉しいことです。
欲(?)を言えば、映像配信の家族の絆シリーズなど夫婦で観てもらいたいのですが、なかなかパソコンを操作してまで辿り着くのは難しいのかも知れませんね(^.^)
と書いておくと5-7体癖の父が頑張るかもしれません(笑)
竹下雅敏氏の講演の映像配信のページ
↓ ↓ ↓
https://shanti-phula.net/ja/video/blog/
というわけで両親に 「ぴ・よ・こ・と」 と 「ぴ・よ・こ・と 2」 を贈りました。
気に入ってもらえたら新刊の「ぴ・よ・こ・と 3」も読んでもらいたいと思います。
なおきち
あることに気がつく。
言葉にすると前にあったことと同じ。
でも深さが違う。高さが違う。広がりが違う。
だから。
何度も。
何度でも。
*****************
車検の時間を待っていたため、少しの時間だけクラシックなカフェに入った。
こだわりのコーヒーのお店。
子供はお断りの大人だけのお店。
店内はたくさんの大人たちが、思い思いにおしゃべりをしていた。
混んでいた。
たまたま空いた角の席。
バラの紅茶を頼んでその時間を待つ。
カウンターではスタッフのかたが忙しくされていて、奥からパティシエのかたも手伝いに来られていてみんなでテキパキと働いていた。
奥からパティシエの方が出てこられたとき、何故だか目が釘付けになった。
どうしてだかわからなかった。
端正な顔立ちに上手にお化粧している女性。
釘付けになったのは彼女が美人だからではなく、その表情が不機嫌そうだったから。
怒っているような、楽しくなさそうな、顔。
何故だか気になってずっと目で追ってしまった。
お客様がレジでお会計をしているときに彼女が見せた表情で
一瞬で全てが分かった。
自分の作ったケーキがお客様に受け入れて貰えたのか。
不安。
それは自信のなさからくる。
そして同時に。
彼女は私。
私の中の、自信のなさからくる不安。
そう思った瞬間、彼女を抱き締めたくなった。
(デコリ)
Android携帯からの投稿
言葉にすると前にあったことと同じ。
でも深さが違う。高さが違う。広がりが違う。
だから。
何度も。
何度でも。
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車検の時間を待っていたため、少しの時間だけクラシックなカフェに入った。
こだわりのコーヒーのお店。
子供はお断りの大人だけのお店。
店内はたくさんの大人たちが、思い思いにおしゃべりをしていた。
混んでいた。
たまたま空いた角の席。
バラの紅茶を頼んでその時間を待つ。
カウンターではスタッフのかたが忙しくされていて、奥からパティシエのかたも手伝いに来られていてみんなでテキパキと働いていた。
奥からパティシエの方が出てこられたとき、何故だか目が釘付けになった。
どうしてだかわからなかった。
端正な顔立ちに上手にお化粧している女性。
釘付けになったのは彼女が美人だからではなく、その表情が不機嫌そうだったから。
怒っているような、楽しくなさそうな、顔。
何故だか気になってずっと目で追ってしまった。
お客様がレジでお会計をしているときに彼女が見せた表情で
一瞬で全てが分かった。
自分の作ったケーキがお客様に受け入れて貰えたのか。
不安。
それは自信のなさからくる。
そして同時に。
彼女は私。
私の中の、自信のなさからくる不安。
そう思った瞬間、彼女を抱き締めたくなった。
(デコリ)
Android携帯からの投稿
竹下雅敏氏がどこかの講話で言われてました。
「頑張るって、我を張るってことですよね」
同感。
なるべく頑張らないでも済むように生きたいところです。
確かに「がんばって」とか、「がんばるよ」としか他に言いようが無いときはあるんですけどね。
私たちは教育や、家庭環境、社会で、常に緊張を強いられ、その中で押しつぶされないよう頑張ってきました。
悪しき習慣としての頑張りが蔓延し、それを他者にも強要するようになっていると思います。
でも、緊張してるとうまく力は出ないんですよね。
余計に疲れるだけ。
「からだの動きにおいて、力を抜けば抜くほど力が出る」
「からだの隅々まで神経が行きわたっているということは、からだの隅々までの筋肉が緊張してピンと伸び切っている、ということではない。生活の中の動きにおいては、むしろ、その逆に、骨格筋はなるべく休んで、次の瞬間の働きのために待機している状態が、からだの隅々まで神経が行きわたっているということである」
野口三千三さんの著作、「おもさに貞く」という本にあった言葉。
野口三千三(のぐちみちぞう)1934~198
この方の体操の世界観は表現がとてもユニークなのですが、とても優しく、本質をついてるな、と思います。
重力に逆らって筋肉を鍛え上げて競争に繰り出していくのではなく、地球の重力を感じて地球と一体になるようなからだの使い方、そのような心の在り方を探求された方。
例えば、上体のぶら下げについて。
「自分のからだの重さを地球と骨に任せ切って、骨盤を含めた上体を前下にぶら下げる。「その重さと思ひ」を大切にして、ぶら下がり流れて行く、よりよい通り道をつくるようにする。足の裏から脚→骨盤→腹→胸→肩→頭・腕の中身の、細胞と細胞の間を空けるように、優しく細やかに、ゆっくり労わるように、思いつくままに、ゆらゆらにょろにょろと、波のように左に右にゆすりながら……間を待つ。やがて「重さと思ひ」が地球の中心にまで、繋がりつく、という実感が生まれてくる(おもさに貞くP56より)」
この本の最後の章より抜粋、
「私は、『体操とは占(裏綯・うらない)であり、からだの神に貞く(きく)ことである』といっている。…中略…
人間の生きることのすべての営みは、大自然の神・からだの神に貞いて(操いて)定める(貞める、さだめる)ことが、素朴で素直な生き方ではないかと思っている。
私のからだの中身には、今、新しく、原初の信仰が、若々しく生生しく息づいている。」
我をはらず、ゆるんでいたいです。
地球と一体になって、神と全てのいのちと一体になって生きていきたいですね。
(なおきち)
「頑張るって、我を張るってことですよね」
同感。
なるべく頑張らないでも済むように生きたいところです。
確かに「がんばって」とか、「がんばるよ」としか他に言いようが無いときはあるんですけどね。
私たちは教育や、家庭環境、社会で、常に緊張を強いられ、その中で押しつぶされないよう頑張ってきました。
悪しき習慣としての頑張りが蔓延し、それを他者にも強要するようになっていると思います。
でも、緊張してるとうまく力は出ないんですよね。
余計に疲れるだけ。
「からだの動きにおいて、力を抜けば抜くほど力が出る」
「からだの隅々まで神経が行きわたっているということは、からだの隅々までの筋肉が緊張してピンと伸び切っている、ということではない。生活の中の動きにおいては、むしろ、その逆に、骨格筋はなるべく休んで、次の瞬間の働きのために待機している状態が、からだの隅々まで神経が行きわたっているということである」
野口三千三さんの著作、「おもさに貞く」という本にあった言葉。
野口三千三(のぐちみちぞう)1934~198
この方の体操の世界観は表現がとてもユニークなのですが、とても優しく、本質をついてるな、と思います。
重力に逆らって筋肉を鍛え上げて競争に繰り出していくのではなく、地球の重力を感じて地球と一体になるようなからだの使い方、そのような心の在り方を探求された方。
例えば、上体のぶら下げについて。
「自分のからだの重さを地球と骨に任せ切って、骨盤を含めた上体を前下にぶら下げる。「その重さと思ひ」を大切にして、ぶら下がり流れて行く、よりよい通り道をつくるようにする。足の裏から脚→骨盤→腹→胸→肩→頭・腕の中身の、細胞と細胞の間を空けるように、優しく細やかに、ゆっくり労わるように、思いつくままに、ゆらゆらにょろにょろと、波のように左に右にゆすりながら……間を待つ。やがて「重さと思ひ」が地球の中心にまで、繋がりつく、という実感が生まれてくる(おもさに貞くP56より)」
この本の最後の章より抜粋、
「私は、『体操とは占(裏綯・うらない)であり、からだの神に貞く(きく)ことである』といっている。…中略…
人間の生きることのすべての営みは、大自然の神・からだの神に貞いて(操いて)定める(貞める、さだめる)ことが、素朴で素直な生き方ではないかと思っている。
私のからだの中身には、今、新しく、原初の信仰が、若々しく生生しく息づいている。」
我をはらず、ゆるんでいたいです。
地球と一体になって、神と全てのいのちと一体になって生きていきたいですね。
(なおきち)



