仕事を終え、いつもと逆方向の電車に飛び乗る。

降りたことのない駅で降り、目的地に向かうバス停を探す。

夕飯を食べるタイミングがなさそうなので、近くのコンビニに走りおにぎりとポテチを買って、バス停の冷えたベンチでこれまた冷えたおにぎりを齧る。

同じバスに乗りそうな外国人旅行客が集まってくる。

そう、目指すは富士山の麓。

日の短い今時期、18時といえど日はもうとっぷり暮れて、車窓からはネオンと月の明かりしか見えない。

おそらく、日中だったらでっかい富士山がでーんと見えているであろう麓の国道を、大型バスは北上する。


イヤホンを耳にねじ込み瞑想の音楽を流す。

優しい音色が瞑想を誘う。


ふと、去っていった恋人の笑顔が浮かんで、涙をこぼす。

考えないようにしようとしても、思い起こされるのは優しい笑顔。

涙がこぼれない訳がない。


もう忘れていいんだよ、と、私の魂がいう。


でも、もう一人の私はボロボロ涙をこぼしている。


泣いても騒いでも、もう彼は帰ってこない。


分かっているのに、どうして思い出してしまうのだろう。


もう、忘れていいんだよ。


何が悪かった訳じゃない。


全ては完璧に流れている。


私にとって、必要な出会いであり、必要な別れだった。


もう、忘れていいんだよ。


一体、私の魂は、覚えていたいのか忘れたいのか、どちらなんだろう。

今朝方、ちょっと寝坊してまどろんでいる時に浮かんだ言葉は、



ごめんね…



…私は一体、いつまで謝罪をし続けるのだろう。



記憶を頭から全て取り出して、太陽の強い光を当てて、金色の水蒸気のように、蒸発させた。

そして、ありがとう、と言って、浄化された金色の気体を吸い込む。


そうゆうイメージを何度も何度もしている。


瞑想の優しい音楽と、バスのほどよい揺れで、気づいたら泣きながら眠ってしまっていた。

もうあと10分ほどで、宿のある山中湖。

涙をぬぐい、イヤホンを外し、グーグルマップを起動させて現在地を確認する。


真っ暗な湖面に映る街明かりが広がった。

バスを降りると、底冷えする寒さに、慌ててコートのジッパーを引き上げた。

頭上には、キーンと光る星達が瞬き、湖の上にはオリオン座が鎮座してた。

星を鑑賞するには寒すぎて、目に入ったコンビニに小走りし、追加の食料を買う。

ほうとうとシュークリームと信玄餅を買い、宿に向かう。


コンビニをでると、すぐ後をついて歩いてくる男性に気づいた。

用心深い私は、一旦引き返して、その男性の数メートル後を歩く。

真っ暗闇で人気のないこの湖畔じゃ、用心に越したことはない。

湖畔のコンビニから歩いて2分もしない距離に予約した宿を見つけホッとした。

予算抑制のために今回もドミトリーのゲストハウス。

ゲストハウス内は可愛らしい装飾。

冬をイメージしてか至る所に可愛らしさ雪だるまの装飾がされていた。




旅は私を癒してくれる。

旅の計画を立てるだけで、私はワクワクする。

グーグルマップで現地をくまなく視察するだけで、私はワクワクする。

旅が始まってからだって、怖くてドキドキもするけど、私はワクワクしてる。

旅をする一連の流れが、私の傷と闇を癒してくれる。



本当はあの子と一緒に旅をしたかった。
本当はあの子ともっと時と空間を共有していたかった。

あの子は私のいない世界に行ってしまった。

それはあの子の選択。

私があの子を本当に愛するならばそれを尊重しなくてはいけない。

でも、私は、一緒にいたかったんだ。


私はまた泣いている。

一体いつまで泣いてるんだろう。

でも、もう重症ではないよ、軽症とまでは言えないけれど。


私は私で旅を続ける。

これは私の人生だもの。

この旅の向こうで、きっと、私を待ってる人がいる。

だから前に進むんだ。

泣きながらでも前に進むんだ。

そうしたら、きっとまた出会うべき人に出会えるから。