ショウペンハウエル 著
『読書について』
読了しました。
表紙に
「一流の文章家であり箴言警句の大家であった」
と、バッチリ書いてあるだけあって、
ホントそうなんです。
言いっぷしが強くて、
とにかく全てが皮肉っぽくて、
何がそんなに面白くないのか、
と思うほどなのだ!
(それがまたおもしろくもある。)
「読書とは他人にものを考えてもらうことだ」
「たくさん読む人ほど自分で考える力がなくなっていく」
なんて言われると、
えええぇぇ〜
そうは言っても自分で考える力をつけるためにも読書は必要じゃん?
と思ってしまいますよね。
体も、食物をとりすぎると健康を害してしまいます。
当たり前だけど、食べたものをそのままずっと体の中に入れておけないのです。
食べることだけにフォーカスしてしまいがちだけど、食物は、食べることによってではなくて消化によって私たちを養う。
摂取した量の何%かしか血肉やエネルギーにならない。
だから、良いものを適量摂りたいよね、
読書もそれと同じだよ、
ということを言っています(かなり大ざっぱ^^;)。
多読すればするほど、
自分の精神が他人の思想でいっぱいになって、
「精神の窒息死」(←上手いこと言うよね)を招きかねないのです。
だから、ただとにかくたくさん読むんではなくて、
繰り返し読んだり、
それについて自分なりにいろいろ考えたりして、
もうその本がそのままの形をとどめないほどにまでなってはじめて、
精神は養われるし、
それによって自分で考える力がつくのです。
なるほどね。
そして、そうやってじっくり読むには古典が1番!
…それなのに、たいして中身のないくだらない本が巷にあふれやがって!(←ぐらいの勢い)
みんなそれを読むのに躍起になって、ますます自分でものを考えられなくなってしまうじゃないか!(←ぐらいの勢い)
おまけに書く方も、こまっちゃくれたややこしい書き方しやがって!
読者が読むのに苦労し、その苦労の果てにやっとわかると、「なんかこの著者すごいこと言ってる気がする〜」ってときめいちゃうじゃないか!
それを狙って、技量もないのに技巧ばかり駆使しやがって!(←ぐらいの勢い)
…と、とにかくすべてに当たり散らす感じなのだ。
具体的な文法や修辞の話にまでなってきて、
いや〜私ドイツ語わからないからそこ語られても…
といった感じでそこはさらーっと流しましたが。
読書について、
なにか得るものがあるかと読んだら、
ペちん、としっぺ返しを食らったような感じです(^_^;)。
いや、得るものはありましたよ…多分…。
