脊髄炎って知ってますか? 2018,4.1発病からの備忘録

脊髄炎って知ってますか? 2018,4.1発病からの備忘録

途切れる事の無い感覚異常による膝、腰、下腹部の絞め付け、灼熱痛、歩くのもきつい足裏の電撃痛などの後遺症、薬の離脱症状との闘い。弱音はきまくりの備忘録。

4/1で丸8年
痺れ、感覚異常は相変わらずでなんとか普通に9時出社して仕事にも行き、韓国とか東京とか一緒に歩いて家族旅行も行ってけど、半年前くらいか、股関節、腰の横、太もも内側などの硬直、突っ張りが酷くなってきて会社の椅子に座っているのも辛い、ストレッチが痛い、今は自立歩行も辛い、出来れば寝ていたい状態になっている。


ほんとに急になんで?って感じ。土日のジムでのウォーキング5キロは続けて、ストレッチは伸ばすのではなくブラブラと動かす動的ストレッチに変えている。


薬はリリカ・75、ランドセンは変わらず、リオレサールを飲んでみたが硬直は変わらないのでやめた。マイスリーは毎晩2錠はやめられない。おかげで睡眠中は救われている。


排便は自分で制御出来てるが便が出てる感覚はわかり辛くなってるかな。排尿はしたくなると我慢できないから気をつけてる。


今年は半年前に役員退職金対策の為に会社で保険に入ろうとしたら脊髄炎のせいで入れなかった。今後、審査の必要な保険は入れない事がわかって、そんな身体になってしまっていることを実感し、その頃からかなぁ、硬直が酷くなったのは。あと、前立腺癌の腫瘍マーカーに引っ掛かり、再検査をしたがこれは癌ではないらしい。まだ基準値以下に数値は落ちてないのがなんだかなぁと。


サーフィンは歩けなくなっても行った方が良いと愛知医科大学の主治医に言われているのもあり、週1は真冬でも、欠かしていない。前より右足は硬くて曲がらなく、バダバタするし、立った瞬間に後ろ側に重心あると倒れるがしっかりとスタンスが決まると波に乗れている。歩くのが大変、立ち上がる、起き上がるのが大変な自分がサーフィン出来ているのは人間の身体の不思議としか言うしかない。サーフィンやっているところだけ見たら障害者には見えないだろう。痛み、痺れもアドレナリンに紛れてくれる唯一の時間になっている。次の日は地獄の痛みが待っているのだが。


とにかく、歩けなくなったら終わりだと思っているのでしんどくても歩き続けようと思っている。


今年で59歳、娘も就活頑張っている。妻も両親の介護もあり、血液の癌と戦っている父を支えており、先日84歳の誕生日祝いを家族みんなで出来たのも家族の支えと父の生きたいという気合いを感じ本当にリスペクトだ。そんな大変な中で自分が身体の苦痛を訴えるのを黙って聞いてくれている妻には心からの感謝しかない。


しかし、明日をもしれない病気と戦っている人の苦痛、恐怖とは比べものにならないのだろうが本音を言えばこの身体で生きるのは本当に辛い。歩くのが辛いってなんだ?座っているだけなのに、風呂入っても辛いってどういうこと?


先日、30年前の地下鉄サリン事件で被害に遭われてその後、自分と同じような後遺症を患われて苦しんでいる方が最後にインタビューで言っていたのが印象に残っている。『私は普通に見えますが今も激痛を感じています。もし、あなたや他の誰かが私の身体と入れ変わることが出来たら、その方は生きていられない。死にたくなるでしょう』まさに同じだと思った。


この身体が来年はどうなっているのか。はたまた他の病でそれどころじゃなくなっていたり、未来はわからないが、せめて少しでも楽になる兆候、希望を感じたい。加齢なので仕方ないが少しづつ歩くことさえきつくなっているのが辛い。


昨年、備忘録を書いている時はその前の年と比べて、相変わらずと書けたし、何より過去を振り返れているのが余裕を感じる。今年の備忘録は過去より未来への不安が大きいのと相変わらずと書けないのが大きな違いかな。









 

 

 
 


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