【巨人】高梨雄平は現状維持でサイン「すみません、と言って判子を押してきました」年俸固定の3年契約

 

契約更改を行った高梨雄平

 巨人・高梨雄平投手が25日、都内の球団事務所で契約更改交渉に臨み、現状維持でサイン。今季から年俸1億5000万円の3年契約を結んでいる。会見では開口一番「『今年はすみませんでした』と言いながら判子を押してきました」と反省を口にした。 【プロフィル】高梨雄平の年俸、成績  今季はプロ1年目から続けていた8年連続40試合登板が途切れ、21試合の出番で0勝1敗5ホールド、防御率3・60。最終登板となった9月18日のヤクルト戦(神宮)後に「右座骨結節」の痛みを訴え、現在はリハビリに取り組んでいる。交渉の席で球団からは「しっかり直して、来年いい状態で復帰してほしい」と話があったといい「今年はほぼ投げてない。僕みたいな選手がけがをしてキャリアに穴をあけてしまうのは(野球人生の)終わりに本当に近づくので。それをずっと理解しながら、プロ1年目からやってきた。今年、痛みの度合いで言ったら(プレーを)やりながら直せるかな、という判断をしたんですけど、そこが少し違っていて、結果的に長引く形になっているので。いつかは起こることだったのかもしれないですけど、どうにかしたかったな、どうにか穴をあけずにシーズンを戦う方法があったんじゃないのかなって。来年、しっかり頑張ります」と完全復活を期した。  「投げ続けることでしか価値を出せないと思ってやってきた。来年以降、契約はありますけど、チャンスがあるかっていうとそういう話じゃない。残りのプロ野球選手としての期間の中で、本当にワンチャンスぐらいかなと思っている。若手も出てきていますし、その1回、2回のチャンスをつかんで、もう一度ポジションを取れるかどうかの戦い」と約10分、悔しさをにじませ続けた33歳の左腕。「(痛みは)付着部のところなので(完治に)とにかく時間がかかる。痛くて動けないとかではないけど万全になるには時間がかかる場所。もう1回再発させてしまうといよいよキャリアの終わりなので。ちゃんと直して、今までのベストを超えるパフォーマンスで」と先を見据えた。  来季に向け、体も1から見直す。「フォーム的な崩れ、フィジカル面を両方から改善して。球種に関しては今年カットボールを投げていて結構使えるかな、と手応えがあった。ストレートの威力が上がると、比例してカットボールも当然良くなると思うのでそこが自分の中で軸になるといい」と思い描いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ロッテと違う扱い、中日で感じた「いらだち」…成功目前で誤算、ドラ1右腕が引退決断した舞台裏

 

大嶺祐太氏、プロ最終年の中日時代を振り返る

移籍した中日で投球練習する大嶺祐太(時事通信)

2006年の高校生ドラフト1位指名を受けてロッテに入団した大嶺祐太投手は、2021年に戦力外通告を受けて退団。2022年は中日と育成契約を結んで現役を続行したが、支配下登録を勝ち取ることはできなかった。オフに戦力外通告を受けて引退を決断。球界を離れた右腕が、プロ野球人生最後の年を振り返った。 困惑した突然のロッテ指名「情報が全くなかった」 ドラ1右腕が語る“入団拒否”の舞台裏 プロ16年目は単身で挑んだ新天地。沖縄での春季キャンプは1軍スタートも、2月下旬に右肩を痛めて2軍調整を余儀なくされた。「投げられる状態じゃなかった」ため、3月からはリハビリ組に入って調整。支配下登録期限の7月末まで半年を切る中、大嶺氏には実戦復帰と支配下登録に向けた明確なプランがあったという。 「中日のファームの起用方法を見ていると、育成という形じゃなくて、1軍同様に勝ちにいくスタイル。それだと投手は夏場にはバテてくる。そこで僕が普通に投げられたら、見栄えがすると思いました」 この年から1軍は立浪和義監督が就任。新体制下で「メンバーを固定して戦いたいシーズン序盤は1、2軍の入れ替えは少ない」と予想し、焦りは禁物だと肝に命じてリハビリに臨んだ。チームの理学療法士に「何とか3カ月で復帰したい」と希望を伝えたそうである。 「『6月に復帰して、支配下登録期限の7月末に向けて完璧な球を追い求めたい』と話をしたら『そこまで明確なプランがあって、自分でやるメニューがあるのであれば、チームのリハビリメニューがあるけど、やらなくていい』と言われました。でもそうすると示しがつかなくなるので『チームのメニューはやります。でも自分のメニューもやります』と話をしてリハビリに入りました」 リハビリ期間中、休みを利用して同学年でロッテ時代の同僚である石川歩投手の紹介を受け、中部大野球部の堀田崇夫監督を数回訪問。石川との野球談議で疑問に思っていたことを質問した。「投球フォーム、体の使い方について石川と話していて、点では分かっていたことが線につながったんです。そこから思うように投げられるようになっていきました」。苦しい闘いの中で、光が差してきた。 6月8日のウエスタン・リーグ、広島戦(ナゴヤ)で実戦復帰し1回2奪三振無失点。中1日で10日のオリックス戦(同)も1回無安打無失点に封じた。連投となった11日の同カードも3人でピシャリ。大嶺氏のプラン通りに進んでいるように思えたが、この後に誤算が生じた。 「ロッテではケガから実戦復帰してすぐの時はトレーナー管轄だったんですけど、中日は違いました。ケガ明けでも普通に起用されて、ケガしていたことは忘れられたような感じなんです。1週間で3試合投げて、出番がなかったけど肩を作った試合も他に1試合ありました。それで投手コーチから『次の週に先発』と言われたんです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

CSでソフトバンクに悪夢の9連敗…それでも幸せだった6年間 元西武監督・辻発彦が明かす舞台裏

ファンとタッチを交わす西武・辻監督。2017年から6年間、チームを指揮した 【写真は共同】

 プロ野球の世界では、成績が奮わなければ監督交代となることも珍しくない。球団は新たな監督にチームの立て直しを託すわけだが、監督経験のない「新人監督」にそれを託す場合もある。2016年オフ、3年連続Bクラスに低迷していた西武は、当時中日のコーチだった球団OBの辻発彦にそれを託した。「新人監督・辻発彦」は、チーム状態をどのように捉え、どこから立て直しに着手し、どのようにシーズンを戦ったのだろうか? 2018、2019年にチームをリーグ連覇に導いた辻氏に、監督時代を振り返ってもらった。

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躓いたスタート、奏功した打線の組み替え

 前年優勝チームとして迎えた2019年の開幕戦。相手は前年のCSで敗れたソフトバンク。初めての開幕投手となった多和田は5回4失点で降板となりましたが8回に山川が劇的な同点スリーラン。ですが試合は延長戦の末にサヨナラ負けとなり、そのまま開幕3連敗を喫しました。開幕8連勝した前年と比べれば対照的なスタートなりましたが、それでも特に慌てることはありませんでした。全部1点差の良い試合が出来ていましたし、オフに主力3人が抜けたことで「序盤は我慢の展開が続くだろう」と予め思っていましたからね。

 前年まで1番を打っていた秋山翔吾を、移籍した浅村が担っていた3番で起用しましたが、序盤は打撃不調に苦しみました。その秋山に代わって一番に起用した金子侑司も開幕から調子が上がりませんでした。

 打線の中心だった浅村が抜けて「どういう打順が良いのか?」「どういう打順だと機能するだろうか?」、しばらくは手探りというか我慢してやっていました。2人が調子を取り戻したのは、5月になって落ち着いたタイミングで1番秋山、9番金子という本来の打順に戻してから。秋山には「こういうチーム事情だから1番に戻ってくれ」と直接説明して話しました。監督室に呼んでとか改まった感じではなく、ごく普通に練習中に話したくらいですけど。

 打線を組み替えるにあたっては外崎が重要な存在になりました。1番秋山、2番源田がいて、3番にはバントを含めた繋ぎができる外崎が入ることでチャンスを広げられる。6番に入ることもありましたが、この年は下位打線もメヒア、中村剛也、栗山巧という凄い顔ぶれで「Wクリーンナップ」のような打線だったので、その二つのクリーンナップの間に外崎が入ることで打線の潤滑油、アクセントにもなりましたからね。

 前半は首位ソフトバンクと7.5ゲーム差。「オールスターまでに勝率5割だったらチャンスはある」と考えていましたけど、ちょっと離されすぎました。正直この差はしんどいなと思っていました。

 8月には4番を打っていた山川を外して中村を4番に起用する決断をしました。山川は7月から不振が続いていたので、もっと気楽な打順で打たせてやりたいと思ったんです。打てないとちょっとシュンとするところがあるし、「4番の仕事をしなきゃ……」という気持ちが強すぎているようにも見えましたから。山川と中村はそんなに打順を気にするような選手でもないので、秋山の時とは違い、特に何も話しはせずに変えました。特に中村はあれだけの実績のあるベテランながらも、打順が8番でも4番でも淡々とやるタイプの選手でしたからね。

 打順を変えたことでチーム状態も上向き、山川も復調して最終的に43本打ってホームラン王、中村も30本123打点で打点王。打線の組み替えが奏功しました。

西武に吹いた「神風」、最後に捲ってリーグ連覇

 

2021年9月24日、パ・リーグ連覇を果たして胴上げをされる辻監督 【写真は共同】

 台所事情が苦しい7月、まだ2年目で19歳の平良海馬が一軍に上がってきました。平良はこのシーズン26試合に投げて2勝1敗6ホールド、防御率も3.38と好成績でチームのブルペンを支えてくれました。夏場はリリーフ陣もみんな疲れが溜まっていますし、故障がちにもなります。そういう意味でも平良の台頭は非常に助かりました。そもそも開幕前は戦力として考えていなかったので、平良の活躍は嬉しい誤算となりました。

 平良は当時そんなにコントロールが良いわけじゃないんですけど、とにかく投げっぷりが良い。意外といろんな球種を投げられる器用さがあるし、打たれてもフォアボールを出しても全く動じない度胸の良さがあって、向上心も人一倍ある。それが平良の良さですよね。

 平良の活躍がありながらも8月のチーム防御率が5.44。オリックス戦で20点取られた試合もありましたし、とにかくよく打たれました。それでも17勝10敗で首位のソフトバンクに並ぶことができたのは月間チーム打率が.299、ホームランが47本という、打線の組み替えで息を吹き返した強力打線のおかげです。結局「とにかく打ち勝つしかない!」という前年までと同じチームスタイルですよね。

 負けられない試合が続いた勝負所の9月。0.5ゲーム差の2位で迎えた11日からの首位ソフトバンクとの二連戦。初戦に勝って首位に浮上したものの翌日に敗れて1日で首位陥落。ソフトバンクにマジック「12」が点灯しました。

 ですが続くロッテとの4連戦の初戦、ルーキー松本の好投で勝利して再びソフトバンクとゲーム差ナシで並ぶと、翌日はメヒアがサヨナラ2ラン。その翌日は木村文紀の左中間へ打ち上げたフライを外野が交錯してその間に木村がホームまで還ってくるサヨナラランニングホームラン。「あー、打ち取られた」と思ったところからの劇的勝利でしたから、「これは西武に神風が吹いているぞ!」と思いましたね。

 この二試合の劇的な勝利で単独首位に浮上してマジック「9」が点灯。そのまま首位の座を明け渡さず142試合目、ZOZOマリンでのロッテ戦に勝ってリーグ連覇を達成することができました。

 前年は開幕からずっと首位の座を明け渡さずに優勝して、この年は最後に捲っての優勝。こういう勝ち方ができたということは、チームに自力がついたということなのでしょうね。投打の主力が抜けても優勝することができた。選手たちが本当に良くやってくれたなと思いました。