堂安律、PSVデビュー戦の手応えは?オランダ代表揃いで「感覚が合う!」。
“歴史”を作る。堂安律は、決意を滲ませた。
「どうしてもPSVでは、パク・チソン選手のイメージが強い。韓国のイメージが強いので、僕がここで何か新しい変化を加えたいと思います」
【秘蔵写真】ヤンチャそうな堂安律の高校時代、12歳にしてバルサ君臨の久保、ギラついていた頃のカズやロン毛時代の長谷部&本田。
9月14日、秋の陽光が眩しいアイントホーフェン――。
日が落ちて忍び込んできた冷気を、フィリップス・スタディオンは、いともたやすく吹き飛ばした。
エールディビジ第6節。
PSVは、フィテッセに格の違いを見せつけた。
圧倒的にボールを保持して、20歳のドニエル・マレンが5発叩き込む。オランダ代表の新星FWのゴールラッシュに、伝統ある無骨なスタジアムは沸きに沸いた。
快勝劇のさなか、背番号25がピッチサイドに立ったのは79分のこと。スコアは3-0だった。マルク・ファンボメル監督は、元ポルトガル代表FWブルマに替えて、堂安を右サイドに送り出す。
21歳の日本代表MFが、ロマーリオ、ロナウド、ルート・ファン・ニステルローイ、アリエン・ロッベン、そして「パク・チソン」……数々の名選手を輩出してきたオランダの名門でデビューした瞬間だった。
10分ばかりの出場に終わり得点に絡むことこそなかったが、それでも堂安はポジティブな感覚を得たようだ。
「プレーしたのは10分だけでしたけど、その中で感じたのは、仕掛けても行けない時に近くに選手がいてくれるので、逃げの場所がある、ということですね。
フローニンゲンではそういった場面で周りに選手がいなくて、どこにもパスを出せないから仕方なく自分で行く、イチかバチかの仕掛けが多かった。博打のような仕掛けだったら、止めて、味方に出したほうがチャンスに繋がるな、と感じました。感覚が合う選手が多いですね」
PSVの先発陣には、9月6日の対ドイツ代表戦でデビューしたばかりのマレンだけでなく、スティーブ・ベルフワイン、デンゼル・ダンフリースと現役のオランダ代表が並ぶ。ダブルボランチでコンビを組んだパブロ・ロサリオとヨリト・ヘンドリクスも過去“オレンジ軍団”に招集されたことがある。
トップ下を務めたモハメド・イハッタレンは17歳だが、既にU-19オランダ代表でプレーしている。62分から途中出場し、2つのPKを獲得した左ウイングのコディ・ガクポは、U-21オランダ代表だ。
こうしたハイレベルな選手たちと、堂安は「感覚が合う」のだという。
「よりアタッカーとしての役割に専念できるチームだと思います。フローニンゲンではトップ下で出場したり、たまに空気を読むようなプレーもしていましたけど、PSVでは違う。楽しかったです」
PSVでは、過去2シーズンに渡り所属したFCフローニンゲンでプレーした頃のように、周囲に合わせて遠慮する必要はない。本職ではないトップ下で出場して、無理にチームを引っ張る役割を求められることもないだろう。
「アタッカーとして」持てる力を存分に発揮できる「環境」に身を置いたことに、堂安は、心から喜びを感じているようだった。
「すごくいい連係を構築できると思います。自分のクオリティーには間違いなく自信がある。個を極めながら周りの選手との関係を高めていくことができれば、すごくいい攻撃ができると思いますね。
これぞ自分が求めていた環境なので、ここで逃げるようでは口だけの選手になってしまうのでね。PSVで戦っていきながら、強い男になりたいと思います」
フローニンゲンでは、特に1年目、リーグ戦で9ゴール4アシストのインパクトを残して、名声を確立した堂安。このオランダ北部の商工業の街では、一個人としての評価に留まらず、日本人そのものに対するリスペクトも獲得した自負がある。
だが、翻ってアイントホーフェンでは、過去にPSVでプレーした日本人選手はいない。言わば、真っさらな状態からのスタートだ。
日本代表MFは、新天地でもフローニンゲンと同様に街の人たちから、日本人に対する尊敬や感嘆を引き出したいと考えているという。
もっとも、過去にPSVでプレーした“アジア人選手”はいる。
もちろん堂安も、その“レジェンド”の名を知っている。
今からおよそ17年前――。2002年に開催された日韓W杯で、韓国代表をベスト4に導いたフース・ヒディンクは、国中が赤く燃えた大会終了後、キャリアの中で2度目となるPSVの監督に就任。その際、ポルトガル代表、イタリア代表、スペイン代表……欧州の強豪を次々と撃破する原動力となった教え子を2人、呼び寄せたのである。1人はイ・ヨンピョで、もう1人が、パク・チソンだ。
当時25歳と年長のイが、加入直後からコンスタントに力を発揮していったのに対して、21歳という若さもあってか、パクは負傷も重なり、適応に苦労した。環境に慣れ始めたのは'03/'04シーズンの終わり頃からで、アリエン・ロッベンがチェルシーに移籍して抜けると、ようやく3年目の'04/'05シーズンからPSVの主軸として活躍するようになった。
スイス代表のヨハン・フォーゲル、オランダ代表のフィリップ・コクー、現監督のマルク・ファンボメルと中盤を形成。
“3つの肺を持つ男”は、無尽蔵とも言えるスタミナと足元の正確な技術を武器に、精力的に戦った。
パクのPSVでのキャリアのハイライトは、そのシーズンのチャンピオンズリーグ(CL)になるだろう。
フレンキー・デヨング、ドニー・ファンデベーク、マタイス・デリフトらを擁して昨季のCLで快進撃を見せたアヤックスのように、'04/'05シーズンのPSVもベスト4に進出したのだ。
ACミランとの準決勝では、アウェイ・ゴールの差で敗れることになったが、パオロ・マルディーニ、アレッサンドロ・ネスタ、カフー、アンドレア・ピルロ、カカ、アンドリー・シェフチェンコら往年の名選手を擁するミランを相手に、パクは気を吐いた。
2ndレグでは先制ゴールを決めるなど、その活躍は欧州のトップレベルに相応しいものだった。
そしてアレックス・ファーガソンに認められ、翌シーズンにはマンチェスター・ユナイテッドへの移籍を果たすことになるのである。
このようにPSVをCLのベスト4に導く原動力となり、イングランドのビッグクラブに移籍を果たした“レジェンド”のように、アイントホーフェンで堂安も“歴史”を築き上げることができるのだろうか。
もちろん時代もポジションも違うので、パクと堂安を単純に比較するには無理があるだろう。そして堂安自身、「ここで何か新しい変化を加えたい」と語るに止まっているので、PSVにおける“アジア人の歴史”そのものを塗り変えることまでは考えていないようだ。
決して「韓国のイメージ」を否定するつもりはない。フローニンゲンで成し遂げたように、日本人サッカー選手の、日本人の価値をアイントホーフェンでも証明する――そんなところだろうか。
堂安は、「プライド」を内に秘めて戦っている。
オランダ代表クラスの選手たちとの共演に、決して物怖じすることなく、クラブ史上初の日本人選手は「負けていないと思っています」と言い切る。
「歳が近い選手ばかりで刺激になりますけど、彼らに所詮日本のA代表やろ、って思われても嫌やし……日本の代表として戦っている気持ちで、オランダに来てやっています。
もちろんポジション争いに勝ちたいですし、名門のPSVで俺が活躍することができれば、日本代表は素晴らしいな、って感じてくれると思うんです。その辺りは、日本を代表する選手としてプライドを持ってプレーしています」
アイントホーフェンの街の人たちに存在を証明するには、まず、マルク・ファンボメル監督をはじめ、PSVの選手たちに力を認めてもらう必要があるのは言うまでもないだろう。
だが、一度「すごくいい連係を構築」し、「アタッカーとして」「個を極めながら周りの選手との関係を高めていくことができれば」、イハッタレン、マレン、ガクポ、ベルフワイン、ダンフリース……これほど心強い仲間たちも存在しないのではないか。
パクが本当の意味で結果を残すのに、およそ3年の月日を要したことを考えれば、さほど焦る必要はないのかもしれない。
PSVは堂安と5年契約を結んでいる。もちろんパクと違い、堂安は既にオランダで2シーズン過ごしているので、環境への適応の問題はクリアしている。より早くチームメイトとの相互理解を進めることができるはずだ。堂安も、次のように力強い言葉を残した。
「1カ月後、2カ月後にはね、もちろん自分が主役になってやっているように僕はイメージしていますし、そのイメージしかないです」
もし堂安が、この宣言どおりに今季からPSVの主力に定着し、オランダ代表クラスの選手たちと絶妙なコンビネーションを見せ、まずはエールディビジの優勝に貢献できれば――。
それはアイントホーフェンの街に日本人選手が刻む、新たな“歴史”の1ページとなるに違いない。
(「欧州サッカーPRESS」本田千尋 = 文)
