息子は今は
月一の定期外来のみで
数値も悪くなく
体の方は
それなりに元気に過ごしています。
体の方は…です。
コロナが流行り
全国的に学校が休校になる前から
感染をおそれ
早い段階で
家にこもりきり
学校も登校を自粛宣言し
休校が明けても
なかなか不安を払うことができず
固まったように
家以外の誰とも接触を持たないように
自分を守っていました。
ですが
6月の中頃
あることをきっかけに
少しずつ
また外の世界に
出ていけるようになって
学校へも
今は行けています。
それでも、
感染症に対する警戒心は
人一倍強くあるし
登校する時は
できる限り誰とも会わないように
通っています。
息子が通う病弱学級は
みんなの教室とも離れているし
クラスは担任の先生とマンツーマンなので
だから通えていると思います。
きっと
病弱学級がなければ
息子はまた
登校もできずに
きっとそのまま卒業を迎えることになったと
思います。
息子が学校へも行けるようになって
一見ひと段落、
と思えたのもつかぬま
問題はいつも常に起こりますね。
次は、
今年、中学生になった娘が
学校へ行けなくなり始めました。
休校明けから数日は
普通に行けたけれど
お腹が痛い…
から始まり
朝になると
頭痛やら腹痛やら
吐き気に近い症状が出るようになり
それでも、
週に何回かは
登校できていたのに
今週に入ってからは
もう行けなくなってしまいました。
学校に行きたくない…という意識よりも
体の調子が悪くなる、
というのが辛いところです。
体の不調を訴えているのを
無理して行かせる訳にもいかないですし
見守っています。
息子の時は
息子が退院したあと
復学する際に
私もなんとか早く復帰させてやりたい、
という思いがあって
なんとか少しでも学校へ行ける方法をと
模索し続け
時には背中を押したりして
結局は親の私のエゴで
頑張らせすぎて
結局は
それが息子の負担になっていた
という経験があるので
娘に関しては
今は全ての訴えを
まずはそのまま受け入れる
という風にしています。
娘のペースに合わせることを
大切にしよう、と
今のところは
自然と思えています。
少し余裕を持って
見守ろうと思えるようになったのも
息子の時の
私の失敗した経験や
ある意味で
経験による免疫(耐性)がついたことが
大きいと思います。
去年の2月から
私自身が
心理学や
神経生理学のこと
医療トラウマのことを
実際にカウンセリングを受けたり
様々な癒しのワークショップや
学びを継続し続けていることもあり
また中でも大きいのが
自律神経系の調整ができる
タッチセラピーを教わってることもあり
色んな意味で
知識や
自分の手でセラピーを行えることが
子供と関わる上で
私を支えてくれてるような状況です。
カウンセリングの先生に
娘のことについて相談したとき
”いたって当然のこと”
だと
言われました。
きょうだいに何か問題が起きて
そしてその問題が回復すると
次は別のきょうだいに
子どもの心理的に
子どもから無意識のサインとして
問題が生じることは
本当によくあることなんだそうですよ。
この数年、
息子の病気のことや
不登校の事で
ずっとずっと
やはり、
関心は息子の方に集中していました。
娘のことも同じように見てきたつもりでは
いたけれど
見ていた熱量が同じだったかというと…
はやりそこに差があったのは
事実ですね。
息子が入院中も
離れて過ごしてる娘のことを
毎日心配し
今すぐにでも抱きしめに帰りたくて
どんなに大切に想っていても
それをすぐにできる状況ではないと気づく時
できるだけ
電話で他愛もない話をして繋がる、
それが精一杯でした。
今すぐ抱きしめに帰りたいという
娘への気持ちは
押し殺してきたのが
現実です。
どうしようもできない苦しさはあったけど
あの頃は
仕方がなかったのです。
今心から思うのは
あの頃
泣きごとも言わず
わがままも言わず
息子が病気になる前と同じように
生活のリズムを崩すことなく
毎日普通に学校へ行き
元気でいてくれた娘に
感謝の気持ちでいっぱいになります。
たった7歳の娘が
ある日突然
兄とママと離れた生活を送ることになって
寂しくないわけがないですよね。
それでも、その状況に
適応し、
きっと、
娘の無意識で
平気そうにしていたと思うし
兄ちゃんが大変な時に
自分が心配をかけたり
わがままを言ってはいけない、
と察していたと思うんです。
実際、
いつも元気で
娘が”良い子”でいてくれたおかげで
私は息子の側で付き添いを続けられたし
家のことを心配をせずに
治療に専念できていた、
本当に
娘への感謝が
あの時にも増して
今になって、更に
ものすごくわいてきますね。
そして、パパにも。
家を守り
家のことを全てやってくれたパパにも感謝。
そして
この前、
娘にそのことを伝えました。
なんのこと?みたいな
別に〜、みたいな表情をしていたけど
きっと伝わったと思います。
これまでの数年の
娘の
無意識での我慢や気遣い
寂しさを
今これから
埋める時なんだなぁと感じています。
「子供は必ず何かしらのサインを
大人に送ってくる、
今回は、
カラダの不調という形で、
学校へ行けないという形で
ママにサインを出しているのかもね
今度はママ、私だけを見て
の合図だね
今、それを出してくれた○○ちゃんに
感謝だよ、
サインを出せるのは
○○ちゃんに力のある証拠だからね」
とカウンセリングの先生に言われ
本当、その通りだなぁって思いました。
人は、
ある感情をないことにすることも
へっちゃらにすることもできる生き物だけど
消化しきらない思いは
必ずいつか
何かの形で出てくる、
とそう思います。
そんなわけで
次は
娘が学校へ行けない問題が勃発中ですが
娘と向き合える良い時間と捉え
気負わずに
あまり気合いを入れずに
向き合っていこうと思います。
それと同時に
わたしは更に学びを深めて
いつか誰かのケアやサポートができるように
なりたいと思います。
家族の大きな病気が
どう他の家族へ影響しているか
医療トラウマなどの学びを得て
痛感しています。
私がずっとずっと感じてきた
感情をないことにすることの
影響や違和感。
それらは
ただ、
精神的なことへだけではなく
神経系への(つまり、体への)
影響が計り知れないということを
知りました。
病気の子供を持つ親やきょうだいの
ケアやサポートは
必要不可欠なものとして
もっともっと当たり前に
取り入れられていく必要性を
実感しています。
息子も
体の方はだいぶ元気ではありますが
治療から
時を経て
また新たな壁にぶち当たっています。
その話しはまた今度。
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