レギュラーシーズンの戦評(笑)とは別に、一度は彼のことを取り上げて思いのたけを書いておきたいと思うような選手が何人か居るのだけど、そんな中でも思い入れの強い選手の一人が突然、まったく突然に、グラウンドから去ってしまった。
確かに近年の彼のプレイは見ていて辛いことも多かった。「爆弾を抱える」という慣用句が、彼ほど洒落にならず当てはまる選手もそうそう居なかったと思う。だから「いつそうなってもおかしくない」と何処かで認識しつつも、それでも元気な時は素晴らしいプレイを随所で見せてくれる彼の姿に、それはまだもっと先のこと、大丈夫だろうと思いたがっていた。
私も含め多くの人たちが、なんだかよくわからない状態になっているのではないか知ら。まして当の本人は、気持ちの整理などほど遠いだろう。
それは会見からも伝わってきていた。恐らくはプロ野球選手としても頭が良いほうの部類に属し、自分の言葉で語ることの出来る彼だが、それでも言い尽くせないもどかしさみたいなものが。
ただこの決断は、英断だったと思う。
結果としてはとどめを刺す形となったあのダイビングにしても、もしかしたらあの後ふつうに生活できるように回復したのさえ幸運だったのかも知れない。
もうあれ以上の辛い場面は見たくないし、本人も見せたくないと思ったのかも知れない。
赤星の名前を記憶したというか、注目すべき選手として認識したのは、いつの試合だったのかは覚えていない。ただ2001年のまだ春先だったのは間違いない。ラジオで彼の打席を聴いていた。関東で中継されるほどの試合だから、読売戦だった可能性が非常に高いのだけどそれも覚えていない。
当時すでにインターネットはじゅうぶん普及していたけれど、個人的にそれを使いこなして情報を得るほど習熟してはいなかったので、ライトな阪神ファンとしては(今でもそうです、身も心も捧げてる人達にはとてもとても…)結局前時代からのテレビラジオとかデイリースポーツ(笑)とか、それにせいぜい球団公式サイトあたりが主な情報源だった。
だから今日良くネタにされる、ドラフト四位赤星に対するさんざんな評価とかそうゆうのはリアルタイムでは知らない。東京在住民としてはほぼ読売戦だけがタイガースの選手たちのプレイを見られる、聴ける僅かな機会だった。ただあの頃の方が今よりひとつひとつの情報が貴重だったぶん思い入れも強かった気もする…が、それはまた別の話題。
で、そんなラジオから聴こえてくる赤星は、華麗に盗塁を成功させていたかというと、そうでは無い。猛打賞で派手にアピールしたわけでもない。ただ粘ってた。まだプロに入りたての非力な選手という意味からも、(おそらく)読売相手の当時の阪神という意味からも、普通には打てそうもない相手に対して、打席で懸命に粘ってた。
ヒットが打てなくても四球を選んで出塁してやる、それが出来なくてもせめて球数を費やさせよう、そういう姿勢が伝わってきた。
ただそれだけのことだが、これをやろうとする、出来る選手があの頃の阪神に他に居たかどうか。居なかったからこそ、この良く知らん新人選手の打席がすごく印象に残ったに違いないのだ。
というわけで、この試合勝ったか負けたかも覚えてないけど、赤星という、少しだけ珍しい名前の選手のことだけは覚えた。ひょっとしたら見どころのある選手が入ってきたのかも知れない。
後日テレビで観た時に、え、これが赤星かい、えらいちっちゃいなぁと思ったかどうかはさだかではないが…
まさかその後、その選手がその年のうちに盗塁王、新人王を獲得し、阪神のいわゆる暗黒時代を終わらせる牽引役となろうとは思わなかった。これは多分誰も思わなかった。もし予言してた人が居たら自慢して良いです。その後の思い出は尽きないのでいちいち書いてらんない省略。ただHGのコスプレした事は(HGそのものとともに)今日まですっかり忘れてた。
何度か触れていることだが、赤星という選手の魅力はもちろんステータス的にはその快足であることは間違いないのだけど、それに加えて頭の良さ、そして真面目で負けん気の強いその性格。これらが無ければその足ももしかしたら宝の持ち腐れとなったかも知れない。
この選手が阪神に来て、居てくれたことが既に奇跡だったような気さえしている。いや大袈裟だけどさ、ほんとに替えの効かない選手だったと思う。
今後阪神というチームがどうなってゆくのか、これはもう現在、とんでもないことになってきてると誰もが思ってる筈だけれど、今日のところはひとまずそっちは置いといて、赤星さんのこれからの人生に幸多からんことを祈りたい。本当にどうもありがとう。ま、この人は体さえ平気ならなんとかなるなる大丈夫だとは思う。行く末に関しては某今岡さんあたりのほうが余程心配だよ。