3/21 春分の日。
就農地の集落で、春と秋に行う水管理のための整備作業、清掃作業があるというので参加した。
就農地では、畠への灌水を山の沢から引いた水で行う。
少し前までは、その沢水を生活用水としていたそうなのだが、今は市水道が来ているので沢水は主に農耕のために使っている。
私もその水を畠に使わせていただくことになる。
農作業に「水」は必須。
管理作業に参加するのは当然だよね。
要領も様子も分かっていない私は、まずは山道を取水口の沢を掃除する方たちの後について行った。
山の斜面を流れている沢水を取るパイプ周辺を清掃し(清掃、っていっても、箒で掃くとかじゃない。落ちてきている木の枝、場合によっては幹、石、場合によっては岩を運んでどかし、積もっている葉、泥、砂を掻き出す、といった作業だ。)
かなり暖かい日だったのだけど、沢の水はまだ冷たかった。
皆さん、その冷たい水に手を(腕を)突っ込んでの作業。
私も枝を運ぶ作業と、水の進路をコントロールする中間桶の砂掻き出しさせてもらった。
水、って大切なんだ。
と、切実に実感。
誰かがこうして整備を続けていかない限り、水は里へは降りてこない。
格好いいなぁ、と思ったのは、そうした作業を世間話しをしながら、極当たり前の日常作業としてされている集落の方たち。
特に猛烈に素敵だったのは、山道を登りながら(降りながら)、持っている竹の杖で、自分の進む足元の枝や石を、ぽ~ん、ぽ~んと脇に跳ね飛ばして、道を整備していく姿。
私も落ちていた枝を拾って、その枝先で道に落ちている石を跳ね飛ばす真似しようとしたんだが、歩きながら私ができるような技ではなかった。
山道のところどころ、路肩が切れている所では、そこの石、落ち葉をきれいに取り除いて行くこともした。
そうした切れ目は、意図的に作ってあって、山水(雨水)がその切れ目から下へ流れるようにしている、ということも、初めて知った。
水管理、といっても、取水口のパイプの面倒を見るだけではない。
その里山全体を整えるのが水管理なのだ。
沢の奥、続いている登りの山道を行くと久地冠山へも行けるそうだ。
今度是非行ってみよう♪
その時までに、杖で、ぽ~んぽ~んと道の石、枝を脇に跳ばす技を身につけなきゃ。
就農地の集落で、春と秋に行う水管理のための整備作業、清掃作業があるというので参加した。
就農地では、畠への灌水を山の沢から引いた水で行う。
少し前までは、その沢水を生活用水としていたそうなのだが、今は市水道が来ているので沢水は主に農耕のために使っている。
私もその水を畠に使わせていただくことになる。
農作業に「水」は必須。
管理作業に参加するのは当然だよね。
要領も様子も分かっていない私は、まずは山道を取水口の沢を掃除する方たちの後について行った。
山の斜面を流れている沢水を取るパイプ周辺を清掃し(清掃、っていっても、箒で掃くとかじゃない。落ちてきている木の枝、場合によっては幹、石、場合によっては岩を運んでどかし、積もっている葉、泥、砂を掻き出す、といった作業だ。)
かなり暖かい日だったのだけど、沢の水はまだ冷たかった。
皆さん、その冷たい水に手を(腕を)突っ込んでの作業。
私も枝を運ぶ作業と、水の進路をコントロールする中間桶の砂掻き出しさせてもらった。
水、って大切なんだ。
と、切実に実感。
誰かがこうして整備を続けていかない限り、水は里へは降りてこない。
格好いいなぁ、と思ったのは、そうした作業を世間話しをしながら、極当たり前の日常作業としてされている集落の方たち。
特に猛烈に素敵だったのは、山道を登りながら(降りながら)、持っている竹の杖で、自分の進む足元の枝や石を、ぽ~ん、ぽ~んと脇に跳ね飛ばして、道を整備していく姿。
私も落ちていた枝を拾って、その枝先で道に落ちている石を跳ね飛ばす真似しようとしたんだが、歩きながら私ができるような技ではなかった。
山道のところどころ、路肩が切れている所では、そこの石、落ち葉をきれいに取り除いて行くこともした。
そうした切れ目は、意図的に作ってあって、山水(雨水)がその切れ目から下へ流れるようにしている、ということも、初めて知った。
水管理、といっても、取水口のパイプの面倒を見るだけではない。
その里山全体を整えるのが水管理なのだ。
沢の奥、続いている登りの山道を行くと久地冠山へも行けるそうだ。
今度是非行ってみよう♪
その時までに、杖で、ぽ~んぽ~んと道の石、枝を脇に跳ばす技を身につけなきゃ。