ミラー! (711)理由
できるだけ早く仕事を片づけて帰宅。といっても21時を過ぎていた。もちろん遅くなると電話を入れてある。
「ただいま…。」
もう21時過ぎているから未来と美紅は眠っていた。ちょうど起きていた美希をだっこして迎えてくれた美里。理由はどうであれ、待ってくれるというのはとてもうれしい。疲れが吹っ飛んだ。
「おかえりなさい。」
ダイニングには僕の帰宅時間に合わせて温めてくれた夕飯。まず制服を着替えて夕飯。買い物へ行く時間がなかったので、あり合わせのもので作ってくれたみたい。それでもとてもうれしかったし、おいしかった。
僕が食べている間に美里は東京の自宅から持ってきているクーファンへ寝かしつけた。そして僕の前の椅子へ腰かける。
「で、どうしてこっちへ急に来たわけ。何かあったの?美希はまだ小さいだろ?こんな長距離連れてきて。最低3カ月にならないと…。時間かけてくるならいいけど、ほとんど休みなしじゃないの?美希のおっぱいやおしめの時間以外。まだ美希は元気だからいいけど、なんかあったらどうするわけ?無責任だよ美里。美里らしくない。美里だってまだ体がよくなっていないだろ?帝王切開だしさ。」
美里は俯いてぽろぽろと涙を流した。ちょっと言い過ぎたかな?もしかして育児ノイローゼ気味なのかな?育ち盛りの子供たちに赤ちゃんを抱えているし。
「ごめんなさい…。あのね…とても春希さんの顔が見たくなったの。」
「うん、僕も美里や子供たちの顔を見ることができてうれしいよ。ほんと何かあったの?何か悩んでる?隠し事なしで話してよ。僕はすぐに東京へ戻れない。何かあってからでは遅いから。」
美里は黙り込んでいたけど、僕の目をじっと見つめて口を開いた。
「あのね…。5月に入ってから、美希の散歩を兼ねて天気のいい日は未来たちの学校へ送り迎えをしているんだけど…。」
「うん、それは知ってる。いいよって言ったの僕だし。何かあったの?変な人に付きまとわれているとか…。何か言われたとか?美里はタレントだし…マスコミが付きまとうこともあるだろう。」
「マスコミがいることは別にどうでもいいんだけど…。別に悪いことしていないし…子供の送り迎えは親として当然でしょ?まだ未来たちは1年生だし。そんなんじゃなくて…。」
「え?じゃあ何?」
「各務さんにね…。あることないこと言われるの…。」
女優の各務さん?未来の同級生のお母さん。未来と同じクラスになったよといった時に、美里は嫌な顔したっけ。
「ほっておけばいいよ。美里と関係ないだろ?言わせておけばいい。」
「でも!各務さんったら、未来が彼女の娘をいじめたって言いふらすのよ。もちろん未来はそんなことしてないっていうし、担任の先生も見ていないって。未来は人をいじめたりしないことくらい知っているわよね?」
「うん。未来はおとなしい方だし、いじめられている子を見たら助ける方だし、しいて言えば病弱だしおとなしすぎて、いじめられそうで心配なんだけど…。」
「それだけじゃない…。私のことも他のお母さんにあることない事言いふらすのよ。」
「だからそういうことは放置しておけばいいんだよ。美里は美里らしくしておけばいい。で、なんでそう各務さんと敵対するわけ?同じ女優でしょ?」
ずっと気になっていたことを聞こうと思った。ほんと気になっていた。
美里はどうして各務さんのことが嫌いなんだろう。すると美里はこれはあくまでも自分の考えだと前置きして話しだした。美里が未来を産んだ時、青年実業家の結婚して同じ時期に子供が生まれ、幸せの絶頂だった各務さんは、未婚で未来の父親がはっきり公表されない美里のことを公になっていないけれど、とても貶したらしい。顔を合わすごとに色々貶してくるもんだから、それで美里は各務さんのことが嫌いになった。もちろん何度も僕が未来の父親だと話しかけそうになったみたいだけど…。それがどうだろう。美里がこの僕と婚約して、幸せになった途端、各務さんは旦那さんの会社が倒産して離婚。シングルマザーとなった。美里が、有名政治家御曹司で医者であるこの僕と結婚し、僕との間に美希が生まれたことを妬んでいるとか…。ちょっと考えすぎかもしれないけれど、女って時折何考えているかわからないことがある。ちょっとしたことで妬んだりするからね。たぶんそのたぐいかな?
「美里。この僕は味方だし、きっと美里のことをちゃんとわかっている人もいる。だから悩まないで、自分らしくしなよ。ね?」
「うん…ちょっとすっきりした。ありがとう話を聞いてくれて…。」
「いいよ。で、いつまでここにいるつもり?週明け子供たちは学校だろ?」
「あ。そこまで考えてなかった…。」
そういや日曜日の夕方の飛行機で東京へ行くって春斗が言っていた。早速僕は春斗に連絡。子供たちを東京まで連れて行ってもらえることになった。美里と美希はこの僕と一緒に東京へ戻ればいいし…。それまでこっちの自宅にいればいいと美里に言った。もちろん美里は喜んだ。僕もうれしいよ…。美里や美希と1週間一緒にいることができるんだもの。