ミラー! (710)突然の来客
所属駐屯地の記念行事まであと数日と迫ったころ、駐屯地外へ行くことはないけれど、駐屯地内であっち行ったりこっち行ったりバタバタした毎日。のんびり事務所でデスクワークってことも少ない。昼食も時間がないので隊員食堂で済ますこともしばしば。下手したら抜きってこともある。
金曜日の夕方。いつもならば週末は休みだけれど、日曜日に記念行事。その前日は家族デー。休めない。もちろん来週も休みはない。再来週代休を貰えることになっている。代休を使って、美希のお宮参りをする予定で東京へ3泊4日で戻る。事務所でデスクワークよりもウロウロバタバタしている方が楽しい…。
17時前まで会議をしていた。予行も終わり、まあ何とかうまくいきそうな感じ。会議が終わり書類を束ねていると、部下の広報陸曹から電話。
「室長。ご家族の方が車で正門へ来られていますが…。」
「え?とりあえず車停めさせてもらって。で、事務所で待ってもらっていて。もうちょっとしたら戻れるから。」
急いで片づけているとこういう時に限って駐屯地司令から声をかけられる。駐屯地司令は副師団長も兼ねている。色々来週のことで心配されているようだ。急いでいるけれど、聞かれたことにきちんと答えて、その場を後にする。家族…?お父さんが来るわけないから、美里?でも美里は産後1ヵ月半。まだ無理だよね。
足早に会議室から同じ建物内の師団広報室へ向かう。広報室の事務所のデスクへ書類を置いて振り返るとやはり美里。生まれてひと月半の美希をだっこして、横には制服のままの未来と美紅。広報の人にジュースとお菓子を出してもらって食べながら宿題をしている。美希はすやすやと眠っている。優希は来ていないようだ。受験生だし週末は塾だから置いてきたんだろう。
「美里、どうしたの?急に…。」
「ごめんなさい…どうしても春希さんに会いたくて…。」
「鍵持っているんだから、家で待てばいいのに…。」
「美希や未来たちの準備して急いで出てきたから鍵忘れてしまって…。」
はあ。。。鍵忘れてきたのか…。でも何で?まだ美希は小さい。よく車飛ばしてここへきたもんだ。たぶん時間からして休まず来たんだろうな。
「学校早退させてないよね。」
「ううん…。今日は学校の都合で早く終わったから。優希君には電話しておいたから。優希君のことはお義母さんに頼んだし…。」
「ま、詳しくは家できくけど、まだ美希は小さいんだよ。無理だよ。」
美里は俯いたままごめんなさいと何度も言った。小さな美希を連れて休まず来たんだから余程何かあったのだろう。部下が入れたコーヒーを飲みながらじっと美里の表情を見ていた。なんかドヨドヨした空気を断ち切るかのように、部下の女性広報陸曹が声をかける。
「室長。いいじゃないですか。ちょうど明日、家族デーですから、一緒に楽しんでくださいよ。室長、最近休まれてませんし…。ご家族で。いらっしゃらない時は私たちが何とかしますから。」
「え、あ、そうだね…。」
なんか気を遣わせたみたい。最近電話も長時間できないくらい忙しくてイライラしていたしね。
僕は美里から美希を受け取り、だっこさせてもらう。忙しくて家へ帰ることができてないから、ひと月ぶりに抱っこした。みていない間にずいぶん大きくなっている。そして成長が早いようで首もしっかりしている。ちゃんと美里は育ててくれているみたいでほっとした。そしてかわいい目を開けてくれて、じっとこの僕を見てくれた。
「美希、起きた?久しぶりだね。パパの事覚えてないよね…。」
と苦笑しながら言ってみる。ちょっと泣きそうな顔をしたけれどじっとこの僕の顔を見てくれた。美希が起きたことを知った在室している部下たちが、集まってきた。
「お、むちゃくちゃかわいいですやん。さすが室長と奥さんの娘さんですね。」
「キャーかわいい!将来はモデルさん?楽しみですね室長。だっこさせてください。」
騒がしいのに泣かない美希。女性の部下がうるさいので、だっこさせてあげた。和やかな雰囲気の事務所。少し気が晴れたのかな?美里の顔がよくなってきた。僕は美里へ自宅のカギを渡し、早く帰るように促した。