ミラー! (686)恩師
美里とともに東京へ戻ってきた次の日、美里の検診を兼ねて、僕が小さいころからお世話になっていた大学病院へ向かう。ここの小児科教授がまあいう僕の命の恩人であり、研修医時代の恩師である。ここの大学病院は、未来の生まれた病院でもあるから、今回もこちらでお世話になる。予定日は4月中旬なんだけど、帝王切開決定だから4月初め手術予定。できるだけ休暇を取って立ち会いはできないとしても、側にいてやりたいと思う。
まず産婦人科で検診を済ませる。年始早々の切迫早産の件もあるから念入りに検診。順調に回復しているようで、おなかの中の可愛い娘も元気に育っている。週数からしてちょっと大きめだからか、やはり4月初めのほうになりそうだ。もう少し安静が必要だと念を押されて、検診終了。会計を済ませた後、僕のために予定を開けてくださった教授と再会する。この教授は未来の主治医でもあるから、美里も顔なじみ。月末に未来の検診が入っている。
「久しぶりだね春希君。」
ほんとに久しぶり。手紙やメールなどでのやり取りはあってもこうして直接会うことはなかなかない。関西に住んでいる教授の患者さんの診察を代わりに僕がしているくらい。
「未来君のことなんだけど、3月くらいに検査入院させて、何事もなければ年に一度の経過観察でいいと思うよ。」
「そうですか。よかったです。」
ま、僕も主治医の一人のようなものだから同じ意見だけどね。色々と今度生まれてくる娘の話とか、去年行った海外派遣の話で盛り上がる。そして教授がこの僕に会いたがっていた本題へ入る。
「で、春希君、最近学会へ来ていないようだけど、医者としての仕事のほうはどうなのか?」
「あ…。ま…週1回の民間派遣くらいですね…。医者らしいことをしているのは。駐屯地の医務室にいることもほとんどないですし。仕事場では書き物ばかりです。たまに演習がありますが、指揮官としての仕事ですから医官らしいことはなかなか…。」
というと教授は困った顔をして僕を見つめる。
「君みたいな優秀な小児科医がね…。もっと経験を積めばもっと…。そこでだ、自衛隊やめて、うちへ来ないか。この私の助手として勉強してみないか?そして留学してみたらいい。アメリカにある最先端技術を持った病院がある。そこの教授と友人でね。君の話をしたら是非といわれてね。君にとっていい話だと思うのだけれど…。」
「はあ・・・。」
もちろんいい話だよ。これから医者としてやっていきたいのであればね。でも僕は将来政界へ入らなければならない。もちろん教授は知っておられるんだけどね…。
こういう話はちょこちょこ来る。でもすべてお断りしている。今回の話もお断りしないとね…。親子2代でお世話になっている教授だからほんと悩むんだけど…。曖昧な返事だけど、やんわりお断りさせていただいた。教授はもうちょっと考えて欲しいと…。本当にそろそろ途中退官して違う道へ進まないといけない方向になってきた。どうすればいいのだろう。そう思う一日だった。