ミラー! (674)念願の甥っ子
12月1日。朝早く春斗から電話が入る。
「おはよう!起きてるか?」
「ん?今起きたとこ。何?朝早く。」
「あのさ、雅美産気づいてなぁ、今から病院へ行く。春希、今日休みか?」
「あ、まあ…休みだけど?」
と、無理矢理病院へ呼び出される。まあ、今まで順調だったんだし、大丈夫だよね…と思いながら、着替えて朝食を済ませ、いつものように自転車で以前非常勤で居た自衛隊病院へ向かう。あ、IDを忘れないようにしないと、いろいろ面倒だ。そういや今日、出産予定日だ。そして、雅美の誕生日。こういう記念日って重なるよね。あ、あと半月で僕も誕生日だ。
最近ますます寒くなって、息が白い。もう春斗たちは病院へ着いたみたいで、まだかまだかとメールが入っている。なんで僕がいかないといけないんだろう。生まれてからでもいいのにさ。
病院の正門で、IDカードを見せて入る。外来の駐輪場へ自転車を置き、病院へ入る。今日は平日だから、制服を着た隊員たちが、外来開始を待っていた。受付のあたりで、春斗と遭遇。
「ごめんごめん。春希を呼びだしてすまんかったね。今日代休やったんやろ?」
「まあね…。でも何でこの僕を呼びだすわけ?雅美のご両親は呼んだ?」
「ああ、呼んだ。近所だから、生まれそうになったら連絡するようにしているんや。」
「ならなんでこの僕を早く呼ぶわけ?僕は産婦人科医じゃないし。小児科医だよ一応。」
「雅美のご指名や。やはりいろいろ不安なんやって。玲奈のことあるし。」
ああ、そういうこと?玲奈ちゃんの障害のこととかあるから?でも生まれてすぐにはわからないと思うけどね。ま、この僕がいると安心するらしい。春斗だけじゃダメらしくって。
去年まで、ここにいたからか、顔見知りの看護師や医官に声をかけられる。もちろん僕は元気です。やはり春斗と一緒に歩くと、目立つ。今二人とも同じくらいの短髪で、見分けがつかない。前髪の分け目で見分けがつくんだけど。同じ顔で同じ背丈の二人が歩いているわけだから、知らない人は驚くだろうね。もちろん春斗は、この僕に間違えられたみたい。ま、お互い慣れっこだから何とも思わないんだけど。
雅美のいる陣痛室へ入る。一応僕も白衣来て、消毒して中へ。
「雅美どう?」
「え?痛いに決まっているでしょ?」
「あ、そうだね。今どれくらい?」
「6センチくらいって。遠藤、来てくれてありがとう。」
「んん。せっかくの代休だったけどね。いいよ。かわいい姉さんだしね。」
やはり陣痛中は顔をしかめる。横で手を握りながら汗を拭いている春斗。ほんと僕の出番はない。
「遠藤がここの小児科医だったらなあ…。生まれた子を任せるんだけど…。」
「残念だったねえ…。診るくらいなら診るけど?心臓専門だけどいい?」
と僕は少しでも空気を和ませようと、冗談混じりで言ってみる。時折助産師が様子を伺いに来る。そして内診もする。
「あとどれくらい?もうほんとつらいんだけど…。間隔も短いし…。」
と雅美が助産師さんに問いかける。あ、そういや雅美はここの産婦人科医。忘れてたよ。
「ずいぶん進みましたね。あとほんとにもう少しですので、先生を呼んできます。」
と、いい、先生を呼びに行った。春斗は雅美の実家へ電話を入れた。僕は、退散退散。待合室で生まれるのを待つことにする。
待っている間、担当の小児科医を聞いてみる。研修医上がりの新人小児科医。もちろん僕の防医大後輩で知っていることは知っているけれど、なんかあまりいい印象はない。ちょっと心配だよね。
待合室で待っていると、雅美のご両親がやってきた。そしてお祖母ちゃんまで。ドキドキしながら、春斗と雅美の子供が生まれるのを待つ。
「本当に男の子でしょうね。」
と心配そうにしているお祖母ちゃん。もちろん超音波写真からみて男の子であることは確認済。分娩室に入ってから結構経つのになかなか産声が聞こえない。ついには例の小児科医まで駆け込んでくる始末。
「森君、どうかした?」
「遠藤先輩。なんでもないです。」
でもそんなことないよね?小児科医が駆け込んでくるなんて。
心配になったお祖母ちゃんが、この僕に行くようにせかす。行ってもいいものかどうか分からないけれど…。少し離れたところで、後輩を問いただす。無事に生まれたけれど、弱々しい産声で、少しおかしいというので、呼び出されたらしい。自信なさげな後輩。新生児の処置がとても苦手らしい。まあ僕は、心臓か新生児か悩んだくらい好きな分野だから、後輩の指導ということで中へ入る許可を得た。ま、ここに勤務していた時に何度もこういうことは経験している。
とりあえず新生児室へ運んで僕が診察してみた。心雑音と呼吸の乱れなどなど。まあこれくらいなら、転院しなくても大丈夫そうだ。とりあえず点滴をし、様子を見ることにする。まあ産科に聞いたら、へその緒が何重にも巻きついてたとか、色々あったけど・・・。心雑音に関しても、心配するほどじゃない。一時的なことだと思う。僕がここの医師なら、ずっと見てやりたいけれど、それはできない。