縁 (58)本当に日本を経つ日
少しずつだけど春らしくなってきた日、僕は生まれ故郷石川から、終業式に出るだけのために東京へやってきた。
バレンタインデーの次の日から半月の間イギリスで、手続きや準備で日本にいなかった。帰国後、石川の母さんの実家でのんびりしていた。石川にいるとき、色々友人からメールが入ってきていた。そして優希からもメール。返事は出せない。出さないまま、今に至った。
終業式の前日に東京入りし、おじいちゃんが仮住まいをしているマンションでお世話になった。もう新生活の荷物はずいぶん前に石川からイギリスの寄宿舎へ送ってあるから、後は貴重品や身の回りのもののみを持って、今日の午後発イギリス・ヒースロー行きのお父さんが操縦する飛行機で旅立つことになっている。お父さんはお爺ちゃんのマンションまで、僕を迎えに来てくれて、お父さんの愛車BMWのトランクに僕の荷物を積んでくれて、学校まで送ってくれた。そして、終業式の間中、学校で待ってくれることになった。
終業式が終わると即学校を出ないといけない。お父さんは終業式終了後、教室までやってきて、担任の先生に挨拶をする。
「長い間、孝志がお世話になりました。」
などと、校長や理事長にまで深々と頭を下げて、決して前の父さんがやらなかったことを嫌な顔をせずしてくれた。これこそ本当のお父さんのすることなんだと実感した。
「さあ、行こうか、孝志。」
「う、うん・・・。」
駐車場に止まっているお父さんの車へ乗り込み、まだHR中の学校を後にした。成田へ向かう車の中で、お父さんと色々話した。もちろんこれからのことについて・・・。そして優希のこと・・・・。
「お父さん、優希は・・・優希は大丈夫でしょうか・・・。何も言わずに日本を発って・・・。出来れば優希にひと目・・・。」
「孝志、それはいけないよ。ひと目でも会ったら、きっとお前の心は揺れる。優希は孝志の妹なんだ・・・。一緒にいてはいけないのだよ。それはわかるね、孝志。」
「わかっています。僕と優希は出会ってはいけなかったんですよね。そして恋しちゃいけなかったんですよね・・・。僕はあっちで優希を忘れるために一生懸命勉強します。そして将来立派な政治家に・・・。」
「ああ、本当にすまないね。きっと私は優希に嫌われるだろうね・・・。まあいい。大変なことになる前に別れないといけないのだから・・・。決して結ばれてはいけない、それだけは確かだから・・・・。」
「はい・・・。」
「孝志、あっちでは度々会おう。高校にも会いに行くし、外出許可が出たら会って、今まで出来なかった親子らしいことをしよう。」
お父さんは微笑んで、話していた。あっちでなら気兼ねなしに親子として接することが出来る。もしかしたら優希の様子も聞けるかもしれない。これからは兄として優希を見守らないといけないのだから・・・。そう自分に言い聞かせて、定刻通りの飛行機に乗って日本を発った。