ドリーム・クエスト (33-2)宝塚記念
朝一番の飛行機に乗って伊丹空港に着く。
伊丹空港から阪神競馬場まで30分もかからない。ここ阪神競馬場は和気さんの地元宝塚市にある。結構大きくてきれいな競馬場。
今日は宝塚記念。今年の上半期の総決算のようなレースで、まあいうオールスターばかり集まるのよね・・・。
和気さんところのワキノカミカゼは初めてのGⅠレース。人気は中間くらい。でも評価は高い。早く来すぎたので初めて競馬場内の厩舎を案内してもらったの。そして最後に訪れた厩舎には前の日にここに入ってきたワキノカミカゼ。私を覚えているのか、鼻をヒンヒンならして私を見ているの。普段はちょっと気の荒い馬みたいなんだけど、私が近づくと、とても落ち着いた様子で私に撫でてとねだる。
「触ってもいいですか?義理の父の馬ですから・・・。」
「いいですが・・・大丈夫かな・・・怪我しませんか?」
私はワキノカミカゼの鼻と首筋を撫でてやると私の頬に顔を寄せてきたの。そして嬉しそうにヒンヒン鳴く。厩務員はとても驚いてたわよ。
「カミカゼ、がんばって優勝して、和気さんのお父様を喜ばせてあげてね・・・いいこだから・・・。」
ホントに私の言葉がわかるのかな・・・気合いを見せてくれる。私はワキノカミカゼにさよならを言って別れたの。
昼休み、トークショー開始。宝塚記念と開催日である上に私が来ているからか、阪神競馬場は入場制限。
人人人で酔いそう・・・。
司会者に誘導されてトークショーが始まる。時折ファンが私を呼ぶから、微笑んでその声のほうに手を振ってみる。
和気さんと正式に結婚して人気が落ちると思ったんだけど、現状維持かな・・・女性ファンが増えてるよってマネージャーが言ったの。
和気さん今日来てくれるのかな・・・。
国会の本会議も終わったし、今日は日曜。
休みのはずよ・・・。
私は和気さんがいないかなって探しながら話していたから、何を話したか覚えていない。
何とか終わって、抽選会の当選者のみ私の宝塚記念のポスターにサインをつけて、当選者とポラロイド写真を撮る。
こんなに人がいるなかで10人なんだもの。相当の倍率ね・・・。
いろいろ花束もらったり、プレゼントもらったりして、さばいていく。
あ、いたいた和気さん。
やっぱりきたんだ・・・。
今日は議員バッチつけてないけど、オーナールームに行くわけだから、スーツ着ている。
私もこれが終わったらきちんとワンピース着て帽子をかぶって和気さんのお父様のいるオーナールームに行くことになっているの。
和気さんは不機嫌そうな顔をして私を見つめている。
もしかして焼いてる?
これは仕事だよ・・・。
仕事が終わって私はフリー。私は北野彩夏から和気彩子になる。
今日は上半期の最大レースだもん。
きちんとフォーマルで・・・。
髪形も変えて、メイクも変えて、清楚に・・・。
そして荷物は、関係者の駐車場にある和気さんの車に和気さんと積みにいって、和気さんとともにお父さんの待つオーナールームへ・・・。お母様もお兄様も、敏明君もきていたの。敏明くんったら私のフォーマルワンピース姿を見て顔を赤らめてたの。
「お姉さん、トークショーよかったよ。」
敏明君は私よりもふたつ年上なんだけど、お兄さんのお嫁さんってことでお姉さんと呼んでくれる。
「あのポスター欲しかったな・・・。」
「じゃ、今度送ってあげる。そんなに欲しいの?いろいろあるよ。CM関係とか・・。」
「欲しい欲しい。特にJALのが欲しいな・・・あれが一番いいよね・・・。むっちゃ楽しみ・・・。」
和気さんはゴホンと咳をして盛り上がっている私と敏明君を黙らそうとしているんだろうな・・・。
私は和気さんの腕を掴んでじっと和気さんの瞳を見つめてごめんね表情。
和気さんは顔を赤らめて、照れ笑い・・・。
これが一番効くんだよね・・・。
宝塚記念のパドックが始まる。みんなでパドックまで降りていろんなオーナーさんと話しながらパドックを見つめてた。
結構オーナー同士棘のある会話なのは笑ったけどね・・・。
あたしと和気さんはそっとみんなにわからないように手をつないでた。
相変わらず和気さんのグローブのような分厚い手・・・。
そして暖かい・・・。
このまま別に子供がいなくたって、いいんじゃないかな・・・。
2人でこうしている事が一番の幸せなんだもん・・・。
相変わらず竹下悠は私のほうを見ていた。
もちろんそっと手をつないで和気さんとラブラブモードの私を・・・。
そしてレースが始まる。宝塚記念独自のファンファーレが流れ、一頭、一頭ゲートにはいって行く。そしてゲートが開いたんだけど、いつも出遅れる事がなかった竹下悠がこの日に限って大幅に出遅れ。中盤まで一番後ろを走っている。
和気さんのお父さんは相当怒っているのよね・・・。
すると竹下悠は何もやっていないのにワキノカミカゼ自身が動き出し、ずんずん前に行くのよ。ああ、馬が急ぎすぎと思ってか、竹下悠が手綱を引っ張って速度を落とそうとするんだけど、言うことを聞かず、最終コーナーにはもう先頭を走っている。
必死に走っているのがわかるのよね・・・。
竹下悠も手綱を緩めてもうやけくそ状態って事が素人の私でもわかるよ・・・。
鞭さえ入れずに何とか2着馬と鼻差で優勝したのはいいんだけど、竹下悠はゴール後すぐ馬を降りてワキノカミカゼの歩様を確かめる。
なんだかおかしい歩様。
後ろ左足を異様に気にしている。
竹下悠はゼッケンなどをはずすと、たくさんの職員が集まってきてワキノカミカゼを取り囲み馬体検査。
ついには馬運車まで入ってきて、ワキノカミカゼを乗せてコースを出て行くの。
場内は優勝馬の故障に大騒ぎ・・・。
特にこれからという馬だったから、お父さんは相当怒って、オーナールームを出て行った。
優勝馬無しの表彰式・・・。もちろん記念撮影なんてない。
お父さんは期待していた馬の故障にうなだれ、獣医の診察結果を待つ。
ひどい場合は安楽死。
お父さんは竹下悠を呼びつけ、レース内容を問い詰める。
きっと無理して一生懸命走ったのが原因だろうな・・・。あんなに出遅れてしまったんだから・・・。
「竹下君、もうお前は使わん。今度の秋華賞は武君に頼むからもういい。もううちの馬に乗らんでくれ。特に今度は牝馬3冠がかかっているんだからな。いいか。」
「はいわかりました・・・失礼します・・・。」
竹下悠はうなだれた様子でお父さんの前から立ち去った。
次の日、ワキノカミカゼの診断結果が出た。
予後不良という安楽死は免れたものの、競走馬としての能力を失い、引退後種牡馬として引き取られていったのよね・・・。
これもしょうがないこと・・・。
スポーツ新聞の一面は宝塚記念優勝馬の故障と、引退、そして種牡馬入りの記事。
そして小さく竹下悠が騎乗をはずされた記事も書かれている。
もちろん今までの優勝経験のほとんどはお父さんの馬のおかげだったから、忘れられる存在になるんだろうか・・・。
かわいそうだといえばそうかもしれないんだけど、レースに集中しなかった彼が悪いんだから・・・。