縁~えにし(4)
(4)呼魂(ここん)
私は夢の中で声を聞いたの。とても不思議な感覚。この声を聞いて何か温かいものに包まれているような・・・。懐かしい・・・・そうとしか言いようがなかったの。夢から目覚めようとしているのか、その声ははっきりしてくるの。薄目で声のするほうを見つめると、安子様と後宇治院様がおられたの。御簾越しだったので、私が目覚めたことに気が付かないみたい。私は寝るふりをして話している内容を聞いたの。
「康仁様、小夜姫はほんとに可愛らしい姫君で・・・。」
「そうだね・・・。最愛の彩子殿に似ているだけではない・・・。安子は気が付いたかな・・・。」
(何?あと誰に似ているって言うのさ・・・。)
「まああの和気殿に似ていないのは確かですわね・・・。」
(和気殿って・・・お父様???)
「私が譲位したのは八年前の春だろ・・・。そして泰明殿に彩子殿を返したのも同じ頃。そして生まれたのは霜月末。おかしいと思わないかな・・・。」
「辻褄が合わないってことでしょうか?十月十日って言いますものね・・・。泰明殿が彩子様と密通していたというのであればわかりますが、それはちょっと考えられませんもの・・・。もちろん父院様も・・・。」
「んん・・・。後見になられていた父院でさえ彩子殿の御殿には殿上を許さなかったのだから、あの堅物な泰明殿が密通などありえない。」
(ど、どういうことよ!!!!!)
「たぶんあれは・・・。」
私はつい緊張のあまり物音を立ててしまったの。もちろん私に聞かれてはいけない内容だったらしくそれ以上は話さないで、院は部屋を出て行かれたのよね・・・・。私って馬鹿・・・。
安子様は驚いた様子をこれっぽっちも見せず、にこやかな表情で私のところに来たの。さすが教養高いかたよね・・・。なんて切り替えが早い・・・。
「まあ、小夜ちゃんお目覚めかしら・・・。もう夕刻だから泊まっていきなさいね・・・。先程和気本邸に文を届けさせたから・・・。」
「さっき・・・。」
「何かしら。」
私はなんだかさっきの話を聞くのが急に怖くなって聞くのを辞めたんだけど、安子様の品のある溢れんばかりの笑顔を見るとまあいいかなって思ったりしたのよね・・・。でも今日はどうして後宇治院様は私にお顔を御見せにならないのかしらね・・・。前回はお一人で長々話しておられたくらいの方だったのに・・・。
「あの・・・院様は?」
「お庭だと思うけれど・・・。最近物思いにふけられることが多くてね・・・。」
私はなんだか知らないけれど、居てもたってもいられなくなって、気が付くと庭に下りていたの。無我夢中で院のお姿を探していたのね。
「小夜ちゃん!大切なお衣装が!」
やはりいいおうちの邸の庭ってどうしてこんなに広いのかしら・・・。院を探しているうちに庭木が茂った訳のわからないところに出ちゃって、日も陰ってきたし、もう真っ暗・・・。いくら緑豊かな下賀茂に生まれ育った私だって、こんなに緑の生い茂った知らないお庭で迷って心細いって何の・・・。恐怖のあまり腰が抜けちゃって後から考えたら恥ずかしいんだけど、思いっきり泣き叫んでいたのよね。
「お父様!お母様!小夜おうちに帰りたいよ!」
その場にうずくまってしまって、大声で泣いていたの。小半時ぐらい経ったのかな。松明を持った人影が現れて私を抱きしめてくれたの・・・。
「お父様?」
きっとお父様が迎えに来てくれたんだって思って緊張の糸が切れたのか私はいつの間にか気を失っていたのよね。意識が朦朧としている間ずっと抱きしめられたままだったのか、とても温かい感じして、なんだか不思議と落ち着けたのよね・・・。そのまま温かい胸の中で眠ってしまったわけ・・・。
朝気が付いたら、なんと御帳台の中で寝ていたのよ!!!御帳台よ!!!横には・・・・。
「!きゃ~~~~~~~~~~!」
邸中どころか外にまで聞こえるような声で叫んでたわよ・・・。だってだって横には、い、院が・・・・。もちろん私も院も小袖姿よ!小袖姿っていったら下着なの!まだ裳着を済ませていないとはいえ、私も姫よ!いい歳した殿方と同じ布団の中で寝ていたんだから!!!!何このおっさん!いくら最愛か何かわからないけど、元皇后のお母様に似ている私と同じお布団で・・・。へんな趣味してるわ!このロリコン!!!私は座り込んで泣いたのよ!私の初枕(初夜のことね)がお母様の元旦那様だなんて・・・。洒落にもならないわ!!!私の悲鳴に驚いたのか、院も飛び起きて、周りにいろんな女房や院の従者とか家司とかが集まってきて大騒ぎになったのよね!院と目が合うと、私は無我夢中で院を叩きまくったわ!
「やだやだやだ!!!!」
院は何がなんだかわからない様子で、目を見開いて私を見てるのよね・・・。するとね安子様がすっ飛んできて平然微笑ながらと言うのね・・・。
「院、ですから昨夜お止めくださいと・・・。」
「小夜姫に誤解をされてしまったようだな・・・。ほんとに気の強いところは母君によく似て・・・。安子、引っかかれてしまったよ・・・。」
院は苦笑しながら引っかき傷を触ったのね。結構力任せに叩いたり引っかいたりしたもんだから頬にできた傷から血が出ていたの・・・。まあたいしたことなかったからすぐに血が止まったんだけど・・・・。
「ごめんなさい・・・。」
「こちらこそ驚かせてしまったようだね・・・。いくらこの私でも裳着前の姫を手籠めにするつもりはないよ。昔は若気の至りで色々やってしまったけれど・・・。」
院はね、私に頬にある古傷を見せて言ったのよね。
「これは小夜姫の母君につけられた傷でね・・・。まだ小さいあなたに言うのは控えるけれど、若気の至りで今上帝である良仁を懐妊させてしまったときの傷・・・。」
ちょっと待ってよ・・・無理やりってこと????よくそんなこと裳着前の私にいえるわよね!!!いろんな物語を読んだ私には今上帝とお兄様の歳の差がなんとなくわかったような気がするけど・・・。かの光源氏の君のように父帝(後二条院様のことね)の女御(大和女御と呼ばれていたお母様のこと)に手をつけたって事なのかな????
「昨日庭で小夜姫が泣いているのを見つけてね、かわいそうだと思って抱きしめてやったとたんに倒れたのだよ・・・。そのまま眠ってしまったから、可愛らしい姫の寝顔を眺めながら眠りたくなってね・・・。安子達には反対されたが・・・・。」
院は優しい笑顔で寒いだろうと側にある単をかけてくれてね。院は小袖のまま御帳台を出られて脇息にもたれかかって溜め息をつかれたの。女房は急いで院に上着を羽織らせて朝の支度をしているのよ。
「小夜姫は大きくなったらやはり女医になるのかな・・・。」
院は私に聞いてくるのよ。私はなるのが当たり前だと思っているから、他に何になるかなんて考えたことなかったわよ。(まあ私は姫だから、どっかにお嫁に行くかお婿さんをもらうかしかないけど・・・。)私は黙っていると院は変なことをおっしゃるのよ!
「小夜姫、うちの子になるつもりはない?小夜姫がいてくれたらこの邸もきっと楽しいだろうね・・・。」
「え?」
ここのおうちの養女になれって事???もちろんこのおうちは、古い由緒ある家系(都が飛鳥や斑鳩とかにあった時代以前?かな、昔は結構高位まで登りつめたらしい)だけがとりえのうちと違って、隠居されてるとはいえ皇族中の皇族のお家柄だから、うちと比べていい生活が出来るのは確かだけどね、私が出て行ってしまったらお父様やお母様はきっと寂しいと思うのよ。それでなくても蘭お姉さまが右大臣家の養女として出て行かれたときはお父様なんて何日も寝食ができなくって、お倒れになる寸前だったんだもの・・・。お父様に可愛がられている私が出て行ってしまったらきっと再起不能になるわねきっと・・・。
「小夜姫には弟や妹はいないの?」
と院は私に詳しく家族構成を聞かれるんだけど、もちろん私には妹も弟もいないわ・・・。お母様は私を産む時に大変難産で、三日三晩陣痛に苦しんで、やっと生まれても生死をさまよったほどだったって聞いたわ。お父様は大事な節会にも出席せずに、ずっとお母様に治療しながら寄り添って看病していたんだけど、私が生まれたあとも出仕しないでお父様の力を全部出し切って一生懸命治療と看病していたの。命は助かったけれど、お母様は私を産んでから子供の出来ない体になってしまったのよ。だから私には妹や弟はいないの。そんなこと公言できないからいえないけれど・・・。
「いません・・・。」
「そう・・・きっと和気殿は手放さないだろうね・・・。小夜姫がいたら生きる張り合いが出来ると思ったのだが・・・。」
院はとても悲しそうな表情で私を見つめたのね。そんな顔で見つめられたら・・・。ここ最近の帝と違ってホントに4年程しか帝位についていなかった方だからまだ若いしきっとお寂しいんだと思うけどね・・・。
話は変わるけど、やっぱ皇族の朝餉って豪華でいいわね・・・。この院は隠居されていても、亡くなられた祖父院から受け継いだご領地やお妃様がたが有力な貴族出であったから援助もあってこうして優雅な生活をしているのだろうけど・・・。それがなければただの帝位についたことのある宮様で終わっているんだろうな・・・。院とお妃様たちと一緒に食べた朝餉のおいしいこと・・・。珍しくおかわりまでしてしまったのよね・・・。安子様はたくさん食べる私を見て驚いておられたけど、院は微笑んでずっと私の事を見ておられたの。
「小夜姫、今日は私がお邸まで送ってあげよう・・・。」
「まあ!院。珍しいこと・・・。」
なんと院自ら滅多に宇治を出られないのに私を送ってくださるって・・・。あんなことしてしまったのにホントに恐縮・・・。
「誰か料紙と筆を・・・。誰か手の空いているものをこちらへ・・・。」
院は何かすらすらと立派な御料紙にお書きになって、お邸の従者のものに2通の文を託されたの。
「隆哉、先触れとして二条院と下賀茂の和気邸にこれを・・・。」
「御意。」
えええ!私をお送りになるついでに二条院にも寄るって事???確か後二条院様と後宇治院様の仲は超険悪だって聞いたのに???そういえばお父様は後宇治院様を苦手だって言ってたしな・・・。こんなにお優しくていいかたなのに・・・どうしてだろ・・・。朝餉を終えた私は安子様の女房が持ってきたお衣装に着替えたの。なんだか安子様のお兄様のとこの姫(安子様の姪ってことね)が着ていたらしいのよ。まあ言うお下がりってやつね・・・。
「よかったわ、ぴったりで・・・。昨日お庭で汚してしまったでしょ。うちには子供がいないからどうしようと思ったのだけど、お兄様のところに連絡して大姫が着ていたものを持ってきていただいたのよ。」
「またお返しに来ないと・・・。こんなにいいものだもの・・・。」
やはり安子様のお兄様も源氏長者のお家柄だけあって姫はいいもの着てるわ・・・。安子様ったらこのお衣装を返さなくていいわっておっしゃるのよ。ほんと太っ腹よね・・・。やはりいい絹使ってるから重いってなんの・・・。重そうにしている私を見て院は笑いをこらえておられたわ・・・。ホントに恥ずかしい・・・。そんなことをしているうちに隆哉って言う院の従者が早馬で戻ってきて1通の文を渡すのね・・・。そしたら院は溜め息をつかれて言ったの。
「また父上に面会を断られてしまったよ・・・。いつになったらお許しを得られるのだろう・・・。下賀茂の帰りにだめもとで寄ってみるかな・・・。」
「まあ・・・またですか?きっと父院様はお許しになられます。きっと・・・。」
「でも年明けはわが子良仁帝の元服。元服の祝いぐらい・・・。」
ホントに悲しそうな顔をして安子様と話しておられるからなんかあるんだろうなって思うのよね・・・。何で親子が何年もの間、仲良く出来ないのだろう・・・。なんだか私、後二条院と後宇治院の仲を取り持ってあげたくなっちゃったのよ。私っておせっかいかしら・・・。