第85章 梅壷から承香殿へ | 超自己満足的自己表現

第85章 梅壷から承香殿へ

 清涼殿に戻って数日後、少しずつだが、帝は執務を始めだした。まず手始めにまもなく発表される秋の除目について、大臣たちを呼んで話をする。もちろん今回の病気のことで太政大臣を置かなかったため、いろいろ公務に支障が出てしまい、先帝である院が帝の代わりに公務を行っていた。そのため今回の除目で帝は太政大臣を置く事に決めた。あとは誰を指名するかである。もちろん家柄的には摂関家嫡流である前関白太政大臣の息子、土御門左大臣が昇進してくるのが筋だが、帝自身あまりこの男の事が好きではなく、性格的にあわないことから、鈴華の父である堀川内大臣に関白太政大臣となっていただけるように打診した。もちろん次は自分がふさわしいと思っていた土御門左大臣は内大臣の関白太政大臣就任の要請に、苛立つ。帝としては本来ならば、綾乃の里親である右大臣になって欲しいところなのですが、慣例で関白は摂関家から出すことになっていたので、しょうがなく内大臣にした。内大臣の席はやはり綾乃の父しかないあろうと、再び内大臣と兼任するように要請した。
「最後に後宮のことなのだけれど・・・。」
と、帝は言う。大臣たちは何事かという表情で帝の言葉を待つ。左大臣はもしやうちの娘が・・・と思ったようであるが、それも期待はずれで、帝から以外な意向が伝えられる。
「秋の除目だから言うのではないのだけれど、私の意向として聞いて欲しい。そして内密に・・・。弘徽殿中宮を皇后に、藤壺女御を中宮に、そして梅壷更衣を承香殿に移す。女御と更衣の父君の内大臣殿、あとで話があります。いいですか?」
内大臣は何事かという表情で残り、帝の言葉を待つ。帝は内大臣を御簾の中に入れ、人払いをすると、小さな声で話し出す。
「更衣をなぜ承香殿へ移そうと思っているかわかっていますか?実は姉君である女御には悪いのですが、妹君である更衣を私の妃として迎えたいと思っているのです。そこで二人とも女御というのはいけないと思い、姉君を中宮に格上げしたいと思っています。」
「徳子をですか?なぜ・・・。」
「私が臥せっているときに更衣が献身的に看病をしてくれたのです。あなたには二人の姫君が後宮にいるということで大変負担がかかると思いますが、更衣をいずれ女御として迎え、側に置きたいと思ったのです。承知していただけますか?承知していただけるのであれば、今すぐにでも更衣を梅壷から承香殿へ移します。そのほうが女御と更衣にとって良いのではないかと思うのです・・・。もちろん更衣のことは軽い気持ちではないのです。」
内大臣は少し考えて承諾する。帝は中務卿宮と中宮職大夫を呼ぶと、更衣について話し出す。
「中務卿宮、そして中宮職大夫殿、いますぐ更衣を梅壷から承香殿に移していただきたい。」
すると中務卿宮は中宮職大夫に命令して、すぐに更衣の部屋の移動をさせた。帝は中務卿宮を御簾の中に入れ、内大臣とともに話す。
「兄上、どういうことか察しはついたと思います。」
中務卿宮はうなずくと、内大臣に言う。
「内大臣殿、帝がこのように思われるのは珍しいこと・・・。姉妹で帝のご寵愛を受けられるということです。更衣の件はよろしくお願いしますよ。」
続けて帝も言う。
「あなたを今度の除目で関白太政大臣にしようとしたのも、こういう理由からです。もともと私は土御門殿と気が合わないのです。もちろん今まで以上に藤壺女御を大事にはします。ご安心ください。」
内大臣は帝に頭を深々と下げると、清涼殿を後にした。その日のうちに更衣の部屋の移動は終了する。
 夜、帝は籐少納言を呼んで言う。
「籐少納言、以前言っていたよね・・・更衣のこと。」
「はい・・・本当によろしいのですか?姉君の女御様がおられるのに・・・。」
「いい。内大臣には承諾を得たし、気持ちに変わりはない。明晩承香殿に渡るから頼むよ。」
「はい心得ました・・・。しかし女御様にどのようにご説明を・・・。」
帝は苦笑して言う。
「何とかするよ・・・。今から藤壺に行く。用意を頼んだよ。女御に話すから・・・。」
帝は清涼殿を出て藤壺に向かう。急なおでましに藤壺は慌しくなる。鈴華は驚いた様子で帝を見つめる。
「鈴華、話があるのです・・・。」
帝は人払いをすると、鈴華の前に座り、真剣な顔で考え込む。
(どう言えば鈴華はわかってくれるのかな・・・。)
なかなか話そうとしない帝を見て、鈴華は帝の横に座りもたれかかる。
「鈴華、きっと君は私のことを軽蔑するのだろうね・・・。話というのは・・・。」
「雅和様?」
帝は鈴華に思っていることを打ち明ける。
「あの・・・鈴華。鈴華には悪いことなのだけれども、三人目の妃を・・・娶ろうと思うのです・・・。」
「え?」
「父君である内大臣も承知の上なのだけれども、更衣を・・・君の妹である更衣を女御として迎えたいと思っている。君はきっと私のことを嘘つきだと思うだろうね・・・。そう思われても仕方がない・・・。」
鈴華はこうなることがわかっていたにもかかわらず、ショックで言葉をなくす。鈴華は立ち上がって寝所に潜り込む。帝は溜め息をつくと藤壺を退室して行った。
(当分鈴華は許してくれないのだろうな・・・。)
そう思うと帝は清涼殿へ戻り、ひとり御帳台に潜り込み横になった。鈴華は、寝所の中で悲しみ一睡もできなかった。
 次の日の夜、帝は承香殿に渡る。もちろん前もって昨日からこちらに来ることを知らせてあったので、承香殿は帝がいつでもこられてもいいように準備万端で迎える。承香殿はとてもいい香りで包まれ、清々しい匂いがする。
(これが更衣鈴音の匂いなのか・・・。本当に名前のとおり鈴の音のように・・・。)
帝は更衣の部屋に入ると、人払いをして更衣の前に座る。更衣は扇で顔を隠し、恥ずかしそうにうつむく。とても可愛らしい仕草に帝は心を奪われる。
(やはり鈴華とは違った美しさと可愛らしさを備えた姫君だ・・・。)
「帝、お体のほうはもうよろしいのですか?」
「ああ、更衣のおかげで早く治ることができました。献身的な看病のおかげです。」
帝は更衣の側に近寄ると、更衣を抱きしめる。間近で見ると本当に可愛らしい姫で、姉妹である鈴華とまったく違った感じがする。まだ十五という年齢のためか、まだ何もかもが成長しきっていない。これからの成長が楽しみな姫である。帝は更衣の耳元で一言言う。
「更衣、私の三人目の妃になっていただけますか?」
更衣は黙ったままで、うつむいている。
「姉君のことが気になるのですか?更衣であるあなたは、こういうことを望んでいたのでは?父君である内大臣も承諾の上です。姉君もきっとわかってくれる日が来る・・・。あなたにはあなたの、姉君には姉君のいいところがあるのですよ。」
「私・・・。」
更衣は顔を赤らめて帝の顔を見つめる。帝はそのまま更衣の唇にキスをした。更衣は放心状態で帝にされるがまま、一夜をともにした。更衣は泣き崩れ、朝方まで帝の胸の中で泣き続けた。朝になっても、更衣は泣き続けていた。帝は小袖を調え直衣に着替えると、泣き続ける更衣に気遣いながら承香殿を後にし、清涼殿に戻った。いつまでも泣き続ける更衣に、更衣の乳母は心配して更衣に問いかける。
「どうかなさったのですか?あんなに想っておられた帝と一夜を共にされたのですから・・・。」
「お姉さまに悪いことをしてしまったわ・・・。お姉さまのとても想っておられる方なのに・・・私は・・・私、帝も大好きだけれど、お姉さまも大好きなの・・・。」
そういって更衣は寝所から出てこようとせず、一日中泣き暮らした。
 その日のうちに内裏中噂が広まる。殿上人達は、内大臣を見て口々に噂する。
(なんと帝は女御の妹君である更衣もついにお手をつけられたらしいな・・・。)
(そうそう・・・それを知った女御様はお倒れになられたらしい。)
(帝も病から立ち直ったらずいぶん変わられたな・・・。中宮様と女御様以外の姫君を渋っておいでだったのに・・・。)
(内大臣様も二人の姫君を帝の妃にさせるとは・・・・人は見かけによりませんな・・・。)
(そうそう・・・出世欲は土御門様以上というわけか・・・。)
(次は土御門様の姫君にお手をつけられるのではないか???)
(秋の除目が楽しみですな・・・。今から内大臣様に媚を売っておくかな・・・。)
内大臣はムッとして殿上の間に入ると、土御門左大臣が嫌味をいう。
「嫡流のうちを差し置いて・・・。帝の秋の除目の意向はこのことからであったか・・・。」
二人は掴み合いの喧嘩になりそうになったが、ちょうど横で様子を伺っていた右大臣と右大将が止めに入る。
「ここは禁中ですぞ!それもここは殿上の間。このことが帝の耳にでも入ったらただではすみませんよ。」
「右大臣様の言うとおりです・・・。喧嘩をなさるなら内裏の外でやってください。でも大臣であられるお二人にはふさわしくない行いでありますね・・・。」
二人は渋々喧嘩をやめ、早々と内裏を退出して行った。


《作者からの一言》

いつも冷静な帝の間違った判断というべきでしょうか・・・。もうちょっと様子を見てからでよかったのですが・・・。結局鈴華も鈴音も傷つける結果となってしまいました^^;もちろん帝の更衣に対する好意は内裏に混乱を起こしています。もともと堀川家と、土御門家は仲良く摂関家を再興しようと思っていた矢先の出来事なのですから・・・。