第82章 梅壷更衣の初恋
幼い東宮や、姫宮が後宮で暮らすようになって後宮はとても明るくなった。そしてついに更衣と御匣殿が出仕してくる。まず、最初は鈴華の妹姫である鈴音が更衣として梅壷に入る。そして数日後に土御門殿の姫君が御匣殿として貞観殿に入った。もちろん土御門殿は娘が御匣殿として出仕することに疑問を持ったが、過去の例で御匣殿になった姫は女御になることが多いことから、それに期待をして出仕させた。内大臣の二の姫鈴音は純粋に更衣としての役割でこの内裏に呼ばれた。もちろん今の段階では帝自身、二人とも女御にさせるつもりはなく、土御門御匣殿(土御門殿の姫君)に関してはやはり院に薦められてしょうがなく出仕させたのだ。
梅壷更衣である鈴音は姉である藤壷女御の鈴華とともに清涼殿に呼ばれた。帝はまだ執務中であったので、藤壺女御の局で呼ばれるのを待つ。
「お姉さま、帝はどのような方ですか?」
と鈴音が鈴華にいうと鈴華はいう。
「とてもお優しくて素敵な方ですよ。私と同じ御歳なのよ。」
鈴音は以前、御簾越しであったが、今回初めて直接会う帝に憧れを抱きながら、呼ばれるのを待つ。すると女官長の籐少納言が来て二人を呼ぶ。
「藤壺女御様、梅壷更衣様、帝がお呼びです。どうぞお入りくださいませ。」
二人は立ち上がると、女官長に先導されながら、帝のいる昼の御前に案内される。帝は二人を御簾の中に入れ、話し出す。
「あなたが鈴華の妹君鈴音だね。よく来てくださいました。」
鈴音は帝に頭を下げると、黙ったまま帝を見つめている。
「鈴音、帝にご挨拶は?失礼ですわ。」
と鈴華がいうと、鈴音ははっと気がついて挨拶をする。
「初めてお目にかかります。内大臣二の姫藤原徳子と申します。」
帝は微笑んで鈴音に言う。
「やはり舞姫のときに見たかわいらしい姫君だね。鈴華によく似て・・・。今日から私の側で更衣としてお勤めしていただきます。もちろん更衣は私の着替えについての女官なのはご存知ですか?わからないことがあれば、私の側にいる女官たちに聞いたらいいよ。」
「はい!」
鈴音は元気いっぱい返事をする。
「後涼殿にあなたの局を別に用意させてあるから、普段はそちらに詰めなさい。いいですか?」
帝と鈴華がいろいろと歓談している姿を、鈴音はじっと見ている。鈴音の胸はどきどきと鼓動がし、鈴音は初めての感覚に襲われる。
(これは何?お姉さまと帝が話されている姿を見ているだけなのに・・・。)
鈴華は妹のおかしな表情に気づき、帝に言う。
「帝、梅壷更衣は体調があまりよくないようですわ・・・。これで退室を・・・。」
「そうだね・・・。梅壷更衣、下がっていいよ。まだ出仕したばかりだから落ち着いてからのお勤めでいいからね・・・。」
鈴華と鈴音は頭を下げて退出しようとすると、帝が鈴華に言う。
「鈴華、今夜こちらにいらっしゃい。いいですか?」
鈴華は赤い顔をして、会釈をすると鈴音とともに退出する。入れ替わりで、土御門の姫君御匣殿が入ってきて帝に挨拶をする。帝は二人のときとは違い、御簾越しに面会をする。何もなかった様子ですぐに清涼殿を退出する。藤壺に戻ってきた鈴華は、鈴音を招きいれ話をする。
「鈴音、どうしたのですか?なんだか変ですよ?いつもならご挨拶をきちんとできるのに・・・。」
「はい・・・お姉さま・・・。」
「あなたはうっかり者の私と違って、きちんとした性格だから・・・。帝はとても素敵な方でしょう・・・?私は初めて宇治でお会いしたとき、とても胸が高鳴り、夜も寝ることができずこの方となら一緒に居たいと思った人なのです。」
鈴音は鈴華の言葉を聞いてハッとした。
(私・・・帝に恋をしてしまったのかしら・・・。でも帝はお姉さまの・・・。)
そう思った瞬間鈴音は鈴華の夜のお召しがある今夜をとてもうらやましく思ったのです。
「藤壺女御様、弘徽殿中宮様が東宮様と一緒にこちらへ・・・。」
と、鈴華の女官が言うと、周りの者たちは急いで綾乃を迎える準備をする。
「お姉さま、弘徽殿中宮様って?」
「帝の初恋の方で、一番ご寵愛を受けていらっしゃる方ですよ。右大臣家の姫君で、私よりも二つ年下の方。東宮様の御生母で、とてもいい方ですわ。なんていうのかしら、私にとってお手本のような方で、なんでも御出来になるので、わからないこととかあればご相談すればいいわね。」
藤壺の表が騒がしくなると、幼い東宮を連れた綾乃が藤壺に入ってくる。
「中宮様、お呼び頂けましたらこちらから伺いますのにわざわざ・・・。」
すると綾乃は微笑んで言う。
「梅壷更衣様が帝に面会されたというので、こちらにおいでかしらと思って・・・。ちょうど東宮も姫宮を見たいというので・・・。」
姫宮の乳母が姫宮を連れて綾乃と東宮の前にやってくると、東宮は駆け寄って姫宮を眺める。
「おかあちゃま、かわいいね・・・。康仁の妹なんでしょ。」
「そうですよ。東宮の妹宮ですわ。仲良くなさいね。」
「おじいちゃまとおばあちゃまももうすぐ会いに来てくれるのでしょ。」
綾乃は微笑んで東宮に言う。
「ええ、十日後、宇治から院と皇太后様が東宮と姫宮に会いに来るのですよ。とても楽しみね・・・。鈴鹿様、久しぶりね。院と皇太后に直接会われるのは・・・。皇太后は帝の御生母ではないないのだけれど、とてもいい方なのです。」
「でも帝の御生母様は?」
「帝からお聞きにならなかったのですか?私のお父様、右大将の北の方和子女王様。帝には右大将家に弟君と妹君がおられるのですよ。あら、そちらが梅壷更衣様ね・・・。去年の豊明節会以来ね・・・。」
鈴音は綾乃に挨拶をすると、東宮は綾乃の後ろに隠れて鈴音を見つめる。
「おかあちゃま、だれ?」
綾乃は東宮を膝に座らせると、言う。
「お父様のお側にお仕えする更衣と言う女官の方ですよ。」
「おとうちゃまの?」
「そう・・・。鈴華様の妹君なのですよ。」
「鈴華ちゃまの?」
東宮は鈴華の元に走って鈴華の横に座る。鈴華は東宮の頭をなでると東宮は微笑んで、今度は乳母のところに行って帰ろうとせがむ。綾乃は東宮の乳母に梨壷に帰るように言うと、乳母と東宮は梨壷に戻っていった。
「さあ、私も帝にお会いしてから弘徽殿に戻ることにします。」
綾乃は鈴華に一言言うと、立ち上がって清涼殿へ向かった。鈴音は綾乃が下がったのを確認して、鈴華に言う。
「とてもお綺麗な方ですね・・・。あのようなお方に憧れてしまいます。きっと帝のご寵愛も相当なものなのでしょうね・・・。私も・・・・。」
鈴音はハッとして黙る。すると顔を赤らめて急に立ち上がり軽く会釈をすると、梅壷に帰っていった。梅壷に戻った鈴音は唐衣を脱ぐと、そのまま寝所にもぐりこんだ。鈴音の女房たちはおかしな鈴音の態度に心配し、鈴音の乳母が代表して寝所に入って様子を伺う。
「更衣様、どうかなさいましたか?清涼殿に参られてからおかしいですわ・・・。」
鈴音は乳母にそっと話す。
「帝に寵愛されている中宮様や女御のお姉さまがうらやましい・・・。私もお姉さまのように帝と・・・。」
乳母は驚いた様子で鈴音に言う。
「まあ・・・更衣様・・・。帝に恋をされたのですか?内大臣様にご相談をしないと・・・。」
「お父様やお姉さまには内緒にして・・・。身分違いの恋なのですから・・・。きっと帝は私などには振り向いていただけないのだから・・・。お姉さまがいるから・・・。姉妹で妃なんて・・・。無理だもの・・・」
というと泣いて寝所に籠もってしまった。
数日後、鈴音は初めて帝の側で更衣として清涼殿へ出仕する。帝が起きる前に起床し、唐衣に着替えると、まず後涼殿に詰める。今まで更衣の代わりをしていた女官が鈴音にいろいろ指導した後、そろそろ帝の起床ということで、清涼殿へ向かう。今日は初めてなので当分の間、女官たちがすることを見学し、覚えることになっている。帝は初出仕の鈴音に声をかける。
「今日は更衣の初出仕ですか?」
鈴音は頭を下げて挨拶をする。帝は微笑んで、朝餉を済まし着替える。鈴音は朝から忙しそうに行動する帝を目で追い、ため息をつく。帝の執務が始まると、鈴音は後涼殿に戻る。執務中はお呼びがなくとても退屈そうにしているので、鈴音の女房が鈴音のために物語や何やらを持ってくる。気がつくともう日が傾いていた。
「更衣様、藤壺女御様がこちらにおいでですが・・・。」
「え、お姉さまが?」
すると辺りが騒がしくなり、鈴華がやってくる。
「鈴音、どう?今日から更衣として帝のお側についたらしいわね。」
「はい・・・。なんだか女官の方々の速さについていけなくて・・・。今日は?」
「これから清涼殿に参るのですけれど、ちょっとあなたのことが気になって・・・。」
鈴華は心配そうな顔をして鈴音を見つめると、鈴音の前に座る。鈴音は鈴華に心配をかけさせないようにと微笑む。
「じゃあ、心配は要らないようね・・・。私のように鈍くさくはないのだから、何とかなるわね・・・。」
そういうと鈴華は清涼殿に向かう。すると少し経って女官がやってきて鈴音を呼ぶ。
「帝がお呼びですよ。女御様と一緒に夕餉をと・・・。さ、早くいらっしゃいませ。」
鈴音は身なりを整えて、清涼殿に入る。すると帝と鈴華は微笑んで鈴音を迎える。鈴音は顔を赤らめて帝を見つめ、下座に座る。鈴音は夕餉を食べているときもずっと帝を見つめていた。帝は鈴音の視線に気づき微笑むと、また鈴華といろいろ話し出す。夕餉が終わり三人は歓談する。やはり鈴音はあまり話そうとはせずに姉の鈴華と楽しそうに話している帝の方ばかり見ている。女官は鈴音を呼ぶと、鈴音に言う。
「更衣様、もうそろそろ帝のお休みの時間です。今から寝所の用意をしますので、私についてよくご覧ください。」
そういうと、夜の御殿に鈴音を連れて行き、寝所の準備の方法を教える。準備が整い、帝と鈴華が入ってくると、女官長と鈴音は几帳の陰に控える。帝は二人を気にするわけでもなく、いつものように立ったまま鈴華を抱きしめてキスをし、鈴華の着ている唐衣を脱がそうとすると、鈴華が言う。
「雅和様待って・・・。まだ鈴音が控えているようです・・・。」
「そういえばそうだね・・・。忘れていたよ・・・。籐少納言、もういいから更衣を梅壷に・・・。」
帝は顔を赤らめて、控えている籐少納言とと鈴音に言う。下がったのを確認すると、二人は小袖姿になって御帳台に入り話す。「更衣がいるを忘れていつものように・・・。」
「鈴音にはまだ・・・。」
「そうだね・・・。」
帝は改めて鈴華を抱きしめてキスをする。
「夕餉の時から気になっていたのだけれど、更衣はずっと私の顔ばかり見ていたのです。何かあったのかな・・・鈴華。」
「さあ・・・。」
鈴華はなんとなく鈴音の気持ちがわかっていたが、黙っていた。
一方梅壷に戻った鈴音は初恋の相手である帝と姉の鈴華が愛し合う姿を目の当たりにして、状況をわかっていながらもショックのため寝所で泣いてしまった。この晩は、鈴音は一睡もできずに、そのまま朝を迎えた。
《作者からの一言》
鈴音は帝の事が好きになったようです^^;もちろん帝は女御である姉鈴華の夫ですから、帝が鈴音を妃か妾として望まない限り、恋が叶う事などありません^^; もちろん今のところ帝は鈴音のことをなんとも思っておらず、ただの女官の一人であり、鈴華の妹なのです。だから鈴音が控えている前で堂々と鈴音といちゃいちゃ出来るわけです^^;帝よ、ちょっと鈍くないっすか??