第31章 女御の願い
五節のひとつである七夕の日、東宮御所でも七夕の祭りをすることになっており、御所内の女性達は一人一人短冊に願いを込めて書いている。裁縫、歌、書道上達を願うもの、恋愛を願うもの、そしてこの中にも必死で願い事を考えておられる方がいた。それは和姫である。今日は綾姫が和姫を部屋に「一緒にお菓子でもつまみながら書きましょう」と呼んだので、和姫は綾姫の部屋で願い事を考えることになった。
「和子様は何をお願いになるの?」
和姫は綾姫の言葉に頬を赤らめて言う。
「もちろん・・・その・・・・。」
綾姫は和姫が言いたいことがわかったようで、微笑んでそれ以上は聞かなかった。
「私も和子様と同じことを考えていますの。若宮にもそろそろご兄弟が必要ですわ。お互い叶うといいですね。」
と綾姫が言うと、和姫はうなずいて短冊に歌で願いを書き出した。それを見て綾姫も歌を短冊にすらすらと書いた。そこへ公務を終えて戻ってきた東宮が、二人の様子を見て
「そういえば今日は七夕でしたね。清涼殿の女官達も皆そわそわしていたよ。綾姫に和姫は何を願ったのですか?」
綾姫と和姫は書いた短冊を隠してしまったので、東宮は苦笑した。
「あなた方は何をお隠しか?この私にお教えいただけないとは。ずるいですよ、お二人とも・・・。仲良く内緒にされるなど・・・。」
すると二人はむくれた様子で同時に短冊を東宮に見せた。東宮は同じような内容で驚き、扇で顔を隠して苦笑した。
「お二人共ですか?いろいろとがんばらないといけませんね・・・。」
というと、綾姫はいった。
「和子様を先に叶えさせてあげたらどうかしら?私には雅孝がおります。私は構いませんわ。」
「綾子様・・・もう!東宮様がお困りに・・・・。」
「いいのですよ、これくらいいわないと常康様は動きませんから!」
東宮は笑いを堪え切れない様子で、扇を顔に当てて大笑いする。
「それなら今晩和姫を呼びましょうか?」
「綾は構いませんわ。今まで綾が常康様を独り占めにしていたのですから、和姫様にお貸しします!」
東宮は綾姫のことばに驚いた様子で答える。
「私は物ではありませんよ、綾姫・・・・。貸すだの借りるだの・・・。」
和姫は扇で顔を隠して苦笑しながら黙っていた。
和姫の御召は月に数回程度であったが、この月に至っては三日に一回という御召があった。東宮はお二人が喧嘩をなさらないようにと、綾姫もほぼ毎日の御召を三日に一回の御召にした。その甲斐あってか、お二人ともほぼ同時に御懐妊されたのです。
《作者からの一言》
普通恋敵の二人・・・こんな会話をするでしょうか??本当に心の広い綾姫ですね^^;この心の広い綾姫のおかげで和姫は心を開き、だんだん東宮が寵愛する女御となりました。
余談ですが、和子姫は内親王ではありません。正式には和子女王です。父親である中務卿宮は訳あって親王宣旨を受けておらず、呼び方は「親王」ではなく、「王」なのです。ですから和子姫は内親王ではなく女王となっています。本来なら、父親の中務卿宮は曽祖父が帝であったので、そろそろ「源氏」を賜るはずだったのですが、祖父の代からなかなか代々優秀な中務卿宮家系のため、元服後中務卿宮としてそのままにしていました。異例の三代続く中務卿宮一家というのでしょうか?そのような設定となっていますが、子供はこの和子女王一人なので、この代で終わってしまうのです。