むかしむかし 第9章 吉野にて | 超自己満足的自己表現

むかしむかし 第9章 吉野にて

 そのまま少将は吉野の縁の寺に謹慎に入った。姫を忘れようと、毎日写経三昧の生活。

 内大臣の北の方からの文によると、その日のうちに噂が流れ、内大臣はお倒れになり、床に伏しておられるという。今のところ、帝の少将に対するお言葉はないが、これ以上噂が広まると謹慎ではすまない、出仕停止どころか、罷免もありえる。

 一方姫は右大臣家の一室に閉じ込められ、身動きできないという。北の方が、姉上の皇后に文を出し、何とかお許しを獲ようと働きかけているようなのですが、まだなんともいえないようで、このような文が届いた。

『まだ例の姫は正式に入内の宣旨が下ったわけではないので、最悪な事は起こらないと思うのですが、東宮が異常なまでに立腹され、ある事ないこと帝に言っておられる確かです。皇后も例の姫とあなたの仲を許されてはどうかと、帝や東宮に申し上げられているようですが、あなたの名前を出す度に東宮はお暴れになられるそうです。姫との仲の件では問題はあまりない様に思われますけれど、一番問題なのは、東宮との言い争いにあるようです・・・。私もあなたのためにできる限りの事はして差し上げるつもりです。でないと姉上に申し訳なく・・・・。決して思い余って出家や自害などなさらぬよう。』


という文を読んで少将は、まだ都には戻れないと悟る。

 夏が過ぎ、吉野の山が真っ赤に染まる頃、宇治の姫君の入内宣旨が下ったという噂が吉野にまで届いた。もう手の届かない存在となってしまったと、少将は嘆き悲しんだ。


 今のところ都では例の騒ぎは収まり、結局少将にはお咎めがなかった。再三内大臣から都に帰郷するようにと文をもらったが、断り続け、物思いにふけている。吉野の山を毎日のように散策し、村の者とも仲良くなった。村の子供たちを呼び寄せては、いろいろな遊びをして気を紛らわせた。しかし宇治の姫君のことを忘れようとしても夢に出てくるほど、忘れられず、自分に苛立ちを覚える。

「若君!申し上げます!」
「なに?晃。」
「北の方から急ぎの文が・・・。」

少将は文を受け取ると、庭先で座って読み出す。

『今すぐ帰郷なさいませ!あなたに大事な話があります。馬を用意させましたので、急ぎ内大臣家へお帰りください。』

少将は立ち上がって、橘晃に言う。

「母上がせっかく馬まで用意して頂いたのだから、帰らなければならないな・・・。住職に挨拶してくるから、帰郷準備を・・・・。」

少将は住職に長い間お世話になったお礼と、贈り物をして、晃と共に馬を走らせた。
吉野から京までは結構な距離がある。途中何度も馬を換え、飲まず食わずで、やっとのことで、内大臣家へ着いたのは翌日の早朝であった。


 久しぶりの都は相変わらずの賑わい様である。急ぎの馬が内大臣家の前についたことで、その場にいた都人が驚いて、集まって様子を伺う。

「開門!内大臣家ご嫡男右近少将様のご帰宅である!早くここをあけよ!!」

と橘晃が門衛に言う。門衛は急いで表門を開け、急いで車止めまでたどり着くと、騒ぎで出てきた女房たちが少将を出迎えた。

「少将様、お久しぶりでございます。さ、大臣様と北の方様が夜も寝ずにお待ちです。」
「近江、この格好では・・・・。」
「急ぎ寝殿へお連れするよう申し付けられています。」
「わかった。」

息を切らしながら少将は寝殿に向かう。


《作者の一言》

田舎に籠もれば済む問題ではないのですが、何とか東宮の気を静めようと吉野に籠もる。吉野から京まで結構距離があります。車でも何時間かかることか・・・。見当もつきません^^;謹慎を付き合わされた橘晃も大変だな・・・。本当なら元近江守の僕ちゃんなのですけど、母親が少将の乳母だということで、身分相当の官位を頂いていながら少将の従者としてついています。もの好き?将来は結構出世しますけどね^^;