みなさん
ご無事ですか??
わたしは、 なんとか大丈夫です。
地震のあった日、わたしは、ちょうど錦糸町の駅に向かう途中でした。
足元がゆれ・・地震?
と思いましたが、いつもの通り “ すぐ終わるだろう ” と
予想以上に長く、近くの大きなビルが揺れているのがわかりました。
“ これは、まずい!
道路には、お店の人・サラリーマンの人が出てきました。
車も止まってました。
地震がおさまり、地下鉄はすぐ動くだろうと、
本日の運転のメドはたっておりませんのアナウンス・・・
首都高入り口封鎖
JRストップ
やばいかも。。。
そして、錦糸公園には、いつのまにか、避難の人々であふれてました。
初めてみる光景でした。
やばい、今日、帰れるかな??
とりあえずメドのたたない状況よりと、歩き 少しづつ家に向かいました。
歩道には、タクシーを待つ人で行列が、
JRでは、乗客予定の人が係員に質問攻め
街は、少々パニックでした。
バス停を見つけ、新橋駅まで行こうと思ったのですが、
1時間も待っても、バスは来ず・・・
(バス停前のお店の方が紅茶を淹れてくれました
)
あきらめ、同じくバス停で知り合った女性と(帰る方角が一緒でした)
一緒に帰ることになりました。
なんとか、新橋駅までたどり着き、一部地下鉄の運転再開を知り
駅に向かうと、今までに見たことのない長蛇の列
2~300mは続いていたと思います。。
少し、鳥肌がたちました。
知り合った女性とは、新橋駅でわかれ、
別方向にむかいました。
駅構内では、帰ることをあきらめ、ブルーシート的なものを下に
毛布をかけ、一晩ここで過ごすと思われる人であふれていました。
わたしは、歩いてでも帰る、帰りたい
新橋に12時頃に着いて、自宅には、1時頃 無事着きました。
後日、友達からの 大丈夫?メールとてもうれしかった。
バス停で知り合い、新橋駅まで、一緒に帰った女性の方
あと、バス停前の お店を待合室にと開放してくれた女性の方
本当に、ありがとう。
あの時、一人では、心細かった。。
色んな方の、支えがあって、今 生きているということに
改めて感謝
そして自分も 色々な方々に感謝される人に・・・。
明日は、募金に行ってきます。
この地震で犠牲にあった方々、ご冥福をお祈り致します。