彼の実家で夕飯を終え
 お茶を飲みながら、
のんびりくつろいで
いたときのこと。 



 お父さんがぽつりと
話しはじめた。 
 「最近な、終活をちょっとずつ
始めてるんだよ。
 もうそういう年齢だから、
急に何かあったら困るだろ?」




 その言葉に私と彼は
思わず顔を見合わせた。
 ほんの少し寂しい気持ちと、
でもどこか現実味のある話。




 「親父、まだ全然元気なのに」 
彼が笑いながら言うと、 
 お父さんは首を横に振って言った。 
 「元気なうちにやって
おくことが大事なんだ。
 せいかちゃんのお父さんの
ことがあったからな。
人ごとには思えなくてさ」 




 
胸の奥が締めつけられる
ような感覚が広がった。
私の父は2年前に急に亡くなった。
その日、私はバイト中で。
病院からの電話を受けて、
必死に駆けつけたけれど
着いたときにはもう、
父は心臓マッサージを
受けていて、
何も言葉を交わすことは
できなかった。
あのときの無力さと悔しさは、
時間が経った今も、
胸の奥に残っている。




お父さんの言葉に
 私は小さくうなずいて、
「そうですね」とだけ答えた。 





 そしたら隣にいた彼が
こうつぶやいた。
 「じゃあ、俺も終活しようかな」




 「お前が?」
 お父さんが少し
笑ってそう言った瞬間、
 私も思わず
「早くない?」と言った。 




 けれど彼は、
まっすぐな目でこう言った。 
 「やりたいこと
ちゃんとやっとかないとさ。
 たとえば…ピアスあけるとか、
それとちゃんと
プロポーズするとかね」 




 その言葉に、
空気が一瞬止まった。 
 「え……?」 っと
 思わず声が出た。





信じられなくて。
 彼が冗談っぽく
言ったようにも聞こえたけれど、
 目は真剣だった。 





 
「お前ここで言うのか、それ」
とお父さんが思わず
笑ってツッコむと、
お母さんもふふっと笑って、 
「なおや、もっと雰囲気の
あるところで
言わなきゃダメでしょ」 
なんてやさしく言った。
 ふたりのやりとりに、
なんだか私まで照れてしまった。
 



 彼は少し照れくさそうに笑って、 
私を見ながら
まっすぐに言った。 
 「さすがにここじゃ言わないけど、
俺のやりたいことの
ひとつだからね」




 それだけで、
胸がいっぱいになった。
 嬉しくて、言葉が見つからなくて、
ただ見つめ返した。
 彼はにこっと笑って、
そっと私に言った。




「ちゃんと改めて言うから。
 そのときは
せいか、受け取ってね」



私はこくんとうなずいた。
  こんなふうに真っ直ぐに
気持ちを向けてくれる彼と
 こうして一緒に未来を
彼のご両親の前で
話せる日が来るなんて。 
 それだけで涙が
出るくらい幸せだった。
 私は心の中で思った。 


いつでも、待ってるよって。