6/30(月)
昨日、京都から帰ってきた。
東京はやはりほうっとする。

京都では木曜日からホテルに泊まり、
龍晴のリクエストで知恩院に行き
(龍晴は知恩院の仏像と木魚と鐘楼をひどく気に入っている)
三十三間堂と実相院(これはホテルのそばにあり、私が行きたかったところ)、それから東寺に立ち寄った。
龍晴の好きな場所、に、
三十三間堂と東寺が加わったようである。

金曜日の午後に夫が遅れて京都に到着し、
桂へ移動する。
移動後はひたすら料理。
龍晴はいとこたちとの再会がうれしくて仕方がない、といった様子。

土曜日は法事。
キリスト教なので法事とは呼ばないが、
そのようなもの、である。

亡きアボジをしのび、
先祖をしのぶ。

親戚たちがたくさん集まり、
龍晴はその子らといっしょにたくさん遊ぶ。

日曜日の昼近くの新幹線に乗る。

どうしてながのばあばのおうちにはたくさんいるのに
きょうとばあばのおうちにはすこししかいられないの?
と龍晴にはんぶん泣きながらいわれて
返事に窮する。

返事に窮した話を京都の姉(夫の兄の奥さん)に話すと、
笑いながら、
私も子どもらに、どうして京都では丁寧な言葉遣いをするのに、神戸(実家)ではしないのかとか、
どうして神戸ではごろごろするのかとか聞かれるねん、といっていた。

息子よ、
そういうものなのですよ、
世の中って。

さて今日。
午前中はマルイに寄り
時計の電池交換の依頼をする。
それからスイムへ。
観覧席でおひるごはんを食べる。
スイム終了後はいつものカフェで龍晴はお昼寝。
目覚めてから荻窪のスーパー銭湯へ行く。
ふたり銭湯、癖になりそうな。

京都でなくしたと思っていた携帯電話が見つかる。
タクシーのなかに忘れていた。
よかった・・・。


7/1(火)
7月になった。
7月。

暦が7月になると
なんとはなしに焦る。
毎年。

ああもう7月だ。
今年も残すところ・・・そんな気になってくる。
気が早い、と思うひとは思うだろう。だけれども。

いよいよ暑くなってきて
でもまだ梅雨はあけていない。

来週は沖縄に行く。
龍晴とのふたりたび。
(さいごの1日半だけ夫がやってくる)
沖縄は梅雨が明けたらしい。

午前中は龍晴のリクエストで平和の森公園へ。
久しぶりに遊び目的で行く。

プレイジムでたくさん遊び、
それから芝生広場へ移動。
荷物をベンチに置いてくるからね、
ここにいてね?といって戻ると
しかしそこに龍晴はいなかった。

ものすごく焦る。

なにしろそこはひろい公園なのだ。
死角もたくさんある。
私がいないところでまた友だちも来ていないし
そう遠くへ行くとは思えないのに
呼んでも探してもどこにもいない。
もといたプレイジムまで戻ったり
(居合わせたお母さんたちにすごく心配していただいてありがたかった)
あちこち探したら
そこにはいないだろうと思っていた
中央の芝生広場のほうに見慣れた麦わら帽子を見つける。

その間、5分くらいのものなのだが
膝から崩れるような気持ちになった。

ああ龍晴。
よかった。
いてくれてほんとうによかった。

プレイジムで心配してくださっていたお母さんたちに
お礼をいい
(一緒に探してくれた方もいた。今日、たまたま同じ時間帯にプレジムに居合わせただけなのに。
でもきっと私もそうするだろう)
芝生広場に戻り
龍晴と電車ごっこをたくさんする。

プレイジムのそばでお昼ごはん。

ダイちゃんがおばあさまとやってきたので
一緒に暫く遊ぶ。

帰宅途中に抱っこのまま龍晴は眠る。
暑い。
暑くて重い。
うう。がんばれ、私。

スーパーマーケットに寄ってから
(抱っこひももないのに私ってすごい)
帰宅する。

午後はいえで、料理をたくさんする。
龍晴はお手伝い。

そろそろ沖縄準備。


7/2(水)
今日も龍晴のリクエストで
午前中は平和の森公園へ。

プレイジムで遊び、
持って行ったしゃぼん玉をたくさんする。

たくさん液とふくものを持って行ったので
そばにいた子たち全員としゃぼん玉をすることになり
みんなでたくさんのしゃぼん玉をつくった。

ふわりふわりと空に舞う
しゃぼん玉たち。

ランチはポーコアポーコさんへ。
一緒にしゃぼん玉をした
今日が初対面の親子とも一緒に行く。
なんでも3日前に中野に引っ越してきたばかりで
それまではバークレイにいたんだとか。
2歳半のお子さんは日本人なのだけれども
英語が堪能だ。

龍晴は抱っこひもでお昼寝をする。

目覚めてからもういちどポーコアポーコさんへ行きたいというので
また出かける。

夕方、京都の警察署から
携帯電話の紛失関連の書類が届いた。
記入して印鑑を捺して速達で送る。
早ければ金曜日には携帯電話が戻ってきそうだ。
やれやれ。


7/3(木)
今日も平和の森公園へ。
龍晴にはいま、しゃぼん玉が「はやっている」のだそうだ。

今日はあまりひとがいなくて
ふたりでたくさんしゃぼん玉をする。
でもやっぱりひとがいたほうが楽しいようで
ひとしきりふいたあとは
芝生広場で追いかけっこをしよう、ということになり
走ったり虫を探したりする。

お昼ごはんはカフェで。
お昼寝もそこでさせてもらう。

目覚めてからサッカーへ。
今日もたくさん楽しむ。

いくつかのお店に寄ってから帰宅する。

七夕の準備をしたいのだが
笹がなかなか手に入らない。
すぐにしおれてしまうので
管理が難しいせいだろう。
商店街の花屋さんで、
明日の午後には入荷する、と教えていただいた。
よかった。

明日は七夕飾りをつくろう。


7/4(金)
雨が降ったりやんだりする。

午前中は久しぶりにいえにずうっといて
料理をたくさんする。
つくりおきのものや
なにやかや。

龍晴と一緒に、
おひるごはんはワッフルを焼く。
このまえはホットケーキだったしきょうはワッフルだよ?
と龍晴は喜んでいる。

お昼寝は1時間ほど。

午後はいくつかのお店をはしごする。
新井薬師の商店街に新しくできカフェにも寄る。
龍晴は窓際のソファ席に座り
ご満悦だ。

花屋さんからおおきな笹をかついで帰宅し
夕方は七夕飾りをつくる。

携帯電話が京都の警察から届いた。


今日はいちにち眠い。
そうして苛々しがちだった。
反省。


7/5(土)
今日も雨。
梅雨の気配が満載だ。

南の島には台風が近寄っている。
公式戦無敗記録を保持している龍晴くんパワーに期待である。

午前中は久しぶりに夫の会社へ行く。
龍晴は掃除など。
30分ほどで出て、
タクシーで帰宅。
雨が酷い。

おひるごはんとお昼寝はいえで。

目覚めてから七夕飾りをつくり、
すべて飾り付ける。
龍晴はじょうずに飾りつけをして
誇らしそうにしている。

土日カフェへ。
こちらのお嬢さんがとても好きな龍晴は
こそばゆそうなうれしそうな顔をしている。

暫くお茶をし、龍晴はホチキスや色鉛筆などを借りて
(平日は建築事務所なのでそういうものがたくさんある)
工作をしたりして過ごす。

夫のフットサルの時間が
夕方から夜に変わった。
そのためどようびはみんなで一緒に晩ごはんを食べられるようになった。

状況は好転しているような。
変わらないような。

夜、夫はフットサルへ。

龍晴は眠る前にいつも
かあさん、ずうっといっしょにいようね?
という。
ずうっといっしょにいるよ?
りゅうがおとなになるまでいっしょにいるよ?
というと、
おとなになってもいっしょだよ?
と必ず念を押される。

おとなになってもいっしょ。

そんなことをおとなになった、
いやそのうちおとなになりかけた龍晴が
いつか聞かされたら
破顔するか恥ずかしくてたまらなくなるかの
どちらかだろう。

でも龍晴にとっては
おとな、の私と、
いまこどもであり、いつかおとなになる自分とは
同じレイヤーにいるのだ。
だから確かめなくてはいられないのだろう。

おとなになってもいっしょだよ?
そんなふうに。

そうね。
もうそう遠くない将来、
きっとあなたは私よりももっとずっと
素敵で楽しくて安心ななにか、あるいはだれかを見つけて
旅立っていくだろう。
私がそうであったように。
だれでもがそうであるように。

そのときまであなたを
あなたが必要だと思うときに
たとえばその自覚がないときでも
いっとう近くで見つめて抱きしめて
だいじょうぶだよといってあげられる
だいじょうぶだからさあいってきなさいとといってあげられる
そうしてそのことでほんとうに
だいじょうぶだからいってきますといえるような
そんな私でありたいと思う。
ありたいと願う。


7/6(日)
いろいろとあって思い出したくもないいちにちだ。
私のなかでまだ消化しきれていない。
こういうことがあるといつも思う。
きっとこういうことは私のなかで
おりのようにたまっていくのだろう。おそらく。
そうして私という人格を少しづつ変えていくのだろう。ときには。

でもこれも含めて
私の人生だ。
私の人生は私が生きていくしかない。
生きていくほかない。

うしろむきなのではなく
むしろまえむきに。

それはいつだってそうなのだ。
どんな状況でも、
どんな心境でも。

さてがんばるか。
いやまだちょっとがんばれないけど。
でもきっと明後日くらいには
がんばれる私に戻っているはずだ。

ただ思うのだけれども。
やっぱり。
子どもの寝顔って
子どもの存在って
こういうときに抜群に効くんだよね。
きっと世の中の多くの「妻」がそうであるように。