5/13(月)
昨晩から明け方にかけて何度も起きたせいだろう。
龍晴は珍しく朝7時まで眠る。
午前中はスイム。
そのため朝のさんぽは短めに、
龍晴はストライダーに乗って出かける。
行きつけのおむすび屋さんに寄り、
ご主人ににこやかに見送られたり
その隣の美容室のお姉さん方に
かわいいわね~と言われたりして
ご満悦そうなかおの龍晴である。
1時間弱ほど昼寝をし、
スイムへ。
今日もとても楽しそうにしている。
水中でからだのちからを抜くことをだいぶ憶えたように思う。
私の不注意で、スイム後のジャグジーのお風呂で
足を滑らせてあたままで水中にざぶんと入って1秒くらいたってしまったのだが
泣くこともなくぷはあという感じで出てきたのは
やはりスイムに通い慣れているせいだろう。
ここのところ、いえのシャワーを頭からざぶざぶかけても
かなり動じなくなっているし。
(とはいえ足を滑らせて・・・というのはあくまで私の不注意である)
電車が見える場所でおべんとうを食べ、
本屋さんやスーパーマーケットに寄ってから帰宅する。
夕方はいえでのんびりと龍晴と遊んで過ごす。
こういう過ごし方も楽しい。
一週間にいちど、スイムの日だけのとくべつな過ごし方。
早めに晩ごはんを食べ、
19時にはふとんに入る。
疲れている龍晴は、ほどなくして眠る。
5/14(火)
どうもここのところ調子が優れない。
(私の)
すぐにあたまが痛くなるし、からだ全体が疲れている様子。
足も腰も痛い。ううむ。
龍晴も疲れているのだろう、
今朝も6時40分まで眠っている。
すこし早く目覚めたので
そろりそろりと用事を済ませようとふとんを抜け出すと
ぱちりと目を覚ます。
明け方の龍晴はいつもそうだ。
私が隣に寝ていないとすぐに目が覚めてしまう。
朝のさんぽは用事を済ませつつ。
銀行などに寄り、帰宅。
今日はとても暑い。
夏のような日差し。
肌につきささるような感覚を憶える。
午後はポーコアポーコさんへ。
ランチをいただいて暫くご主人と一緒に遊んでいた龍晴、
上階に住むご主人が飼っているいぬを見に行きたい、といいだす。
前回、ご主人が見に行く?と誘ってくれたのだが、
途中まで行く気満々だったのに
私が一緒に行けないとわかると(お店を無人にできないため)、
だったら行かない(行けない)と言っていた。
りゅう、わんわんちゃんを見るのは、
母さんは行けないけどいい?
とたずねると、大丈夫!という。
前回も同じことをいって結局、戻ってきたのだがなあと思いつつ
様子を見ていると、
今日はご主人に手を引かれて上階まで行き、
15分ほど帰って来なかった。
わんわん!鯉!
といいながら笑顔で帰ってきた龍晴。
ご主人がずうっと店を空けられないので
致し方なく戻ってきただけで
たぶんもっといぬと鯉(と龍晴は言ったが、実際はめだかだそうだ。龍晴は長野の実家の池の鯉にごはんをあげて以来、池にいるものはすべて鯉というのだ)を見ていられただろう。
私がいないとだめで、
夫ですらふたりきりで長くは難しいのに
こんなにもご主人に懐いてくれて、
そして龍晴自身が成長していることをとてもうれしく思う。
平和の森公園へさんぽをし、
高田馬場へ行きたいと龍晴が言ったため、
沼袋の駅まで歩いてから西武線に乗り、高田馬場へ。
東西線に乗り継ぎ帰宅する。
夕方、早めに帰宅できたので
龍晴といえで遊ぶ。
最近読んだ本。
宮本輝「骸骨ビルの庭」
江國香織「真昼なのに昏い部屋」
伊坂幸太郎「バイバイ、ブラックバード」
中村航「さよなら、手をつなごう」
ところで私にとってとくべつな作家、というのは何人かいるのだが、
もっともとくべつな、というと、やはり村上春樹である。
私はしばしばお風呂で本を読むのだが・・・尤も、いまは夫がいるにちようびの夜だけであるが・・・たとえ文庫本であっても、村上春樹の本だけはお風呂には持ち込まない。
そのように私にとっては村上春樹はとくべつな作家だ。
新作が出るのをずうっと待っているし、
出たらすぐにでも読みたい。
でもなかなか読めない、読む気持ちと環境に自分を持っていけない。
しかしそろそろときが満ちてきたように思う。
そう思っていたところに、
折り良くO教授から、本をよく読んでいるようだが村上春樹の新作は?という内容のメールをいただく。
この符号は偶然ではあるまい。
さていよいよ「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」である。
5/15(水)
涼やかな、5月の風が吹くいちにち。
龍晴は今日も7時近くまで眠っている。
やはり疲れているのだろうか。
朝のひかりのなかでぐっすりと眠る子どもの顔は
なにものにも代えがたい、美しいものだと思う。
この世にあるすべての美しいものしか知らないような
ちいさなかお。すこやかな寝息。
朝のさんぽは短めに。
駅方面へぶらぶらと行き(龍晴は最初はストライダー)、
サンモール商店街を流して帰宅する。
今日のお昼寝は短めの40分ほど。
午後は大学のO先生に会いに行く。
「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」について会話をしたいところだが
如何せんまだ30ページほどしか読み進めていない。
先生とは和菓子をいただきながら
(とてもおいしかった)
ぽつりぽつりと話をする。
2月に伺っていることもあり
龍晴は研究室で勝手知ったる顔をしている。
先生のふかふかのチェアに乗ってパチパチぴょんぴょん(手を叩きながら飛び跳ねること)をしたり、研究室のなかを歩きまわったりしている。
そのうちさんぽに出たくなったため(龍晴が)、
先生と一緒に外へ。
会議でお忙しいのに、講堂まで見送って下さった。
ありがとうございます。
髪を切ったね、とおっしゃられ、
ええ、15年ぶりくらいに短く、とこたえたときと、
研究室にあった雑誌が1996年刊で、それは私の在学中です、私は97年の3月に卒業しているから、といったときに、
いずれも驚いた顔をされていた。
私は高校生から大学時代はずうっと背中のまんなかくらいまでの長い髪をしていて、
卒業してから現在に至るまでの8割くらいの期間は肩よりすこし長いくらいの髪をしている。
ちょうど15年ほど前に、すすめられてかなり短くして以来、
短い髪にしたことはない。
いまは私のなかではもっとも短い・・・中学生以来くらいの・・・髪に近いのだ。
なぜいつも長い髪だったかというと、
容姿に自信がないからである。
しかし今回は、久しぶりに会った担当の美容師さんに、
長さはこれくらい、とヘア雑誌を見ながら伝えつつ(その写真の女性はあごくらいまでの髪の長さだった)、あ、やっぱり、あごより下くらいまでの長さで・・・と訂正するや、
そんな中途半端な髪形にしたら変だよ、今回は久しぶりだしオレのなかでイメージができてるから、好きにさせてもらうね!と宣言されたのであった。
結果的に、いまの長さ(短さ、というべきか)はとても気に入っているのだけれども、
それでも時折、長い髪に覆われている安心感のようなものを
なくしてしまったなあと思うときもある。
龍晴は講堂のおおきな時計を見て喜び
(なにしろこの時計が見たくて龍晴は大学に来たのである)
バスに乗って高田馬場まで行き、そこから東西線に乗り継いで帰宅する。
今日は龍晴と、お昼ごはんの最後のあたりで
ひと悶着。
私も最後は感情的になってしまったところがあり
おおいに反省したのであった。
5/16(木)
朝のさんぽは城山公園へ。
久しぶりに会う友だちと待ち合わせる。
龍晴はアスレチックでたくさん遊び
楽しそうに笑っている。
よかった。
帰宅後、明日の京都帰省の準備。
いくつかの荷物は宅配便で送っているが、
それ以外のもの。
午後のさんぽは高田馬場へ(また龍晴が行きたいと言ったため)と思ったのだが
なんと駅まで来て、財布を持っていないことに気がついた。
スマートフォンで改札は通れるが、
出かけついでにしたかった買物ができない。
ああもう!と思いながら帰宅。
なぜああもう!!かというと、
いえを出た直後に忘れものに気がついて一度取りに戻っているからである。
雨もだいぶ降ってきたので億劫になり
また時間も遅くなってきたので
電車に乗って出かけることはやめにして
中野でいくつかの用事を済ませる。
ところで午後のさんぽの際に
雨が降りそうだね、と龍晴に言っていたら
傘を持って出かけたいという。
持っていくのはいいけど、雨が降るまで差せないよ~と言ってそとを歩いていたら
あめ、あめ!と主張する。
まだ降ってないよ~~と先を歩いていると、
本当に雨があたっていた。
龍晴、やるなあ。
頭が痛すぎて目の奥が痺れている。
明日から京都だ。
5/17(金)
京都へ。
11時過ぎの新幹線に乗る。
京都に着いたら、夫と京都へ行くたびに通っていた洋食屋さんに行こうね!と言っていたのだが
残念ながら京都着の時間がちょうどランチタイムが終わる時間であった。
もっと早く調べておけば良かった・・・
京都駅でお昼ご飯を食べる。
龍晴は新幹線のなかで持ってきたお弁当。
夕方前に夫の実家に到着。
龍晴は従兄弟たちと遊ぶことをことのほか楽しみにしていたので
とても嬉しそうである。
私は早速、料理の手伝い。
明日の納骨式のあとに
婚家で食事会があるのだが
夫の親族が40名ほど参集するのだ。
その料理(ほぼずべて手作り)をする。
時折、抱っこ~とやってくる龍晴。
従兄弟たちを、以前会ったときにこうやって遊んだよね?というように
誘ったりしていて、
成長したなあ、と思ったりする。
しかし私はとにかく料理、料理。
5/18(土)
朝から料理や配膳の準備。
11時から式典があり、
10時には教会に着く。
式典の途中からちょうどお昼寝タイムにあたるため
教会を出て、
傍にあったお店でお昼寝。
ぐっすり眠る龍晴の
いとおしい顔。
午後はひたすら皿洗い。
何しろ40人近い大人の食事会なのである。
龍晴は20人近い子どもたちとたくさん遊んでいるのだが
時折、報告したいことや淋しいことがあったりするとやってきて
抱っこ~という。
抱っこできるときもあれば
忙しくてできないときもあり(こちらが殆ど)
そういうときは、遠くから私の様子を見て、我慢して引き返していくのが横目に見える。
かわいらしくて胸がぎゅっとなる。
夕方、すこし抜けられたので
龍晴とふたりでさんぽ。
スーパーマーケットに行ったり、
そばのお店ですこしだけ休憩をしたりして
ふたりの時間を楽しむ。
ってこう書くと、なんだか恋人どうしみたいだなあ・・・。
ううむ。
夜は昨日に続き、21時近くに龍晴は就寝。
夫の実家にいるとどうしても
昼寝も短く就寝時間も遅くなってしまう。
5/19(日)
東京に戻る日。
夫の兄一家に駅まで送ってもらう。
龍晴は乗りたかった車にやっと乗れて、
しかもハンドルまで握らせてもらい
ご満悦である。
良かったね。
京都駅のイセタンそとのおおきな階段で
龍晴に作ってきたお弁当をあげる。
夫と私は新幹線の車内にて。
15時前には東京のわが家に到着。
ああ家はいいなあ。
龍晴、やっと19時に眠るいつもの時間に戻る。
昨晩から明け方にかけて何度も起きたせいだろう。
龍晴は珍しく朝7時まで眠る。
午前中はスイム。
そのため朝のさんぽは短めに、
龍晴はストライダーに乗って出かける。
行きつけのおむすび屋さんに寄り、
ご主人ににこやかに見送られたり
その隣の美容室のお姉さん方に
かわいいわね~と言われたりして
ご満悦そうなかおの龍晴である。
1時間弱ほど昼寝をし、
スイムへ。
今日もとても楽しそうにしている。
水中でからだのちからを抜くことをだいぶ憶えたように思う。
私の不注意で、スイム後のジャグジーのお風呂で
足を滑らせてあたままで水中にざぶんと入って1秒くらいたってしまったのだが
泣くこともなくぷはあという感じで出てきたのは
やはりスイムに通い慣れているせいだろう。
ここのところ、いえのシャワーを頭からざぶざぶかけても
かなり動じなくなっているし。
(とはいえ足を滑らせて・・・というのはあくまで私の不注意である)
電車が見える場所でおべんとうを食べ、
本屋さんやスーパーマーケットに寄ってから帰宅する。
夕方はいえでのんびりと龍晴と遊んで過ごす。
こういう過ごし方も楽しい。
一週間にいちど、スイムの日だけのとくべつな過ごし方。
早めに晩ごはんを食べ、
19時にはふとんに入る。
疲れている龍晴は、ほどなくして眠る。
5/14(火)
どうもここのところ調子が優れない。
(私の)
すぐにあたまが痛くなるし、からだ全体が疲れている様子。
足も腰も痛い。ううむ。
龍晴も疲れているのだろう、
今朝も6時40分まで眠っている。
すこし早く目覚めたので
そろりそろりと用事を済ませようとふとんを抜け出すと
ぱちりと目を覚ます。
明け方の龍晴はいつもそうだ。
私が隣に寝ていないとすぐに目が覚めてしまう。
朝のさんぽは用事を済ませつつ。
銀行などに寄り、帰宅。
今日はとても暑い。
夏のような日差し。
肌につきささるような感覚を憶える。
午後はポーコアポーコさんへ。
ランチをいただいて暫くご主人と一緒に遊んでいた龍晴、
上階に住むご主人が飼っているいぬを見に行きたい、といいだす。
前回、ご主人が見に行く?と誘ってくれたのだが、
途中まで行く気満々だったのに
私が一緒に行けないとわかると(お店を無人にできないため)、
だったら行かない(行けない)と言っていた。
りゅう、わんわんちゃんを見るのは、
母さんは行けないけどいい?
とたずねると、大丈夫!という。
前回も同じことをいって結局、戻ってきたのだがなあと思いつつ
様子を見ていると、
今日はご主人に手を引かれて上階まで行き、
15分ほど帰って来なかった。
わんわん!鯉!
といいながら笑顔で帰ってきた龍晴。
ご主人がずうっと店を空けられないので
致し方なく戻ってきただけで
たぶんもっといぬと鯉(と龍晴は言ったが、実際はめだかだそうだ。龍晴は長野の実家の池の鯉にごはんをあげて以来、池にいるものはすべて鯉というのだ)を見ていられただろう。
私がいないとだめで、
夫ですらふたりきりで長くは難しいのに
こんなにもご主人に懐いてくれて、
そして龍晴自身が成長していることをとてもうれしく思う。
平和の森公園へさんぽをし、
高田馬場へ行きたいと龍晴が言ったため、
沼袋の駅まで歩いてから西武線に乗り、高田馬場へ。
東西線に乗り継ぎ帰宅する。
夕方、早めに帰宅できたので
龍晴といえで遊ぶ。
最近読んだ本。
宮本輝「骸骨ビルの庭」
江國香織「真昼なのに昏い部屋」
伊坂幸太郎「バイバイ、ブラックバード」
中村航「さよなら、手をつなごう」
ところで私にとってとくべつな作家、というのは何人かいるのだが、
もっともとくべつな、というと、やはり村上春樹である。
私はしばしばお風呂で本を読むのだが・・・尤も、いまは夫がいるにちようびの夜だけであるが・・・たとえ文庫本であっても、村上春樹の本だけはお風呂には持ち込まない。
そのように私にとっては村上春樹はとくべつな作家だ。
新作が出るのをずうっと待っているし、
出たらすぐにでも読みたい。
でもなかなか読めない、読む気持ちと環境に自分を持っていけない。
しかしそろそろときが満ちてきたように思う。
そう思っていたところに、
折り良くO教授から、本をよく読んでいるようだが村上春樹の新作は?という内容のメールをいただく。
この符号は偶然ではあるまい。
さていよいよ「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」である。
5/15(水)
涼やかな、5月の風が吹くいちにち。
龍晴は今日も7時近くまで眠っている。
やはり疲れているのだろうか。
朝のひかりのなかでぐっすりと眠る子どもの顔は
なにものにも代えがたい、美しいものだと思う。
この世にあるすべての美しいものしか知らないような
ちいさなかお。すこやかな寝息。
朝のさんぽは短めに。
駅方面へぶらぶらと行き(龍晴は最初はストライダー)、
サンモール商店街を流して帰宅する。
今日のお昼寝は短めの40分ほど。
午後は大学のO先生に会いに行く。
「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」について会話をしたいところだが
如何せんまだ30ページほどしか読み進めていない。
先生とは和菓子をいただきながら
(とてもおいしかった)
ぽつりぽつりと話をする。
2月に伺っていることもあり
龍晴は研究室で勝手知ったる顔をしている。
先生のふかふかのチェアに乗ってパチパチぴょんぴょん(手を叩きながら飛び跳ねること)をしたり、研究室のなかを歩きまわったりしている。
そのうちさんぽに出たくなったため(龍晴が)、
先生と一緒に外へ。
会議でお忙しいのに、講堂まで見送って下さった。
ありがとうございます。
髪を切ったね、とおっしゃられ、
ええ、15年ぶりくらいに短く、とこたえたときと、
研究室にあった雑誌が1996年刊で、それは私の在学中です、私は97年の3月に卒業しているから、といったときに、
いずれも驚いた顔をされていた。
私は高校生から大学時代はずうっと背中のまんなかくらいまでの長い髪をしていて、
卒業してから現在に至るまでの8割くらいの期間は肩よりすこし長いくらいの髪をしている。
ちょうど15年ほど前に、すすめられてかなり短くして以来、
短い髪にしたことはない。
いまは私のなかではもっとも短い・・・中学生以来くらいの・・・髪に近いのだ。
なぜいつも長い髪だったかというと、
容姿に自信がないからである。
しかし今回は、久しぶりに会った担当の美容師さんに、
長さはこれくらい、とヘア雑誌を見ながら伝えつつ(その写真の女性はあごくらいまでの髪の長さだった)、あ、やっぱり、あごより下くらいまでの長さで・・・と訂正するや、
そんな中途半端な髪形にしたら変だよ、今回は久しぶりだしオレのなかでイメージができてるから、好きにさせてもらうね!と宣言されたのであった。
結果的に、いまの長さ(短さ、というべきか)はとても気に入っているのだけれども、
それでも時折、長い髪に覆われている安心感のようなものを
なくしてしまったなあと思うときもある。
龍晴は講堂のおおきな時計を見て喜び
(なにしろこの時計が見たくて龍晴は大学に来たのである)
バスに乗って高田馬場まで行き、そこから東西線に乗り継いで帰宅する。
今日は龍晴と、お昼ごはんの最後のあたりで
ひと悶着。
私も最後は感情的になってしまったところがあり
おおいに反省したのであった。
5/16(木)
朝のさんぽは城山公園へ。
久しぶりに会う友だちと待ち合わせる。
龍晴はアスレチックでたくさん遊び
楽しそうに笑っている。
よかった。
帰宅後、明日の京都帰省の準備。
いくつかの荷物は宅配便で送っているが、
それ以外のもの。
午後のさんぽは高田馬場へ(また龍晴が行きたいと言ったため)と思ったのだが
なんと駅まで来て、財布を持っていないことに気がついた。
スマートフォンで改札は通れるが、
出かけついでにしたかった買物ができない。
ああもう!と思いながら帰宅。
なぜああもう!!かというと、
いえを出た直後に忘れものに気がついて一度取りに戻っているからである。
雨もだいぶ降ってきたので億劫になり
また時間も遅くなってきたので
電車に乗って出かけることはやめにして
中野でいくつかの用事を済ませる。
ところで午後のさんぽの際に
雨が降りそうだね、と龍晴に言っていたら
傘を持って出かけたいという。
持っていくのはいいけど、雨が降るまで差せないよ~と言ってそとを歩いていたら
あめ、あめ!と主張する。
まだ降ってないよ~~と先を歩いていると、
本当に雨があたっていた。
龍晴、やるなあ。
頭が痛すぎて目の奥が痺れている。
明日から京都だ。
5/17(金)
京都へ。
11時過ぎの新幹線に乗る。
京都に着いたら、夫と京都へ行くたびに通っていた洋食屋さんに行こうね!と言っていたのだが
残念ながら京都着の時間がちょうどランチタイムが終わる時間であった。
もっと早く調べておけば良かった・・・
京都駅でお昼ご飯を食べる。
龍晴は新幹線のなかで持ってきたお弁当。
夕方前に夫の実家に到着。
龍晴は従兄弟たちと遊ぶことをことのほか楽しみにしていたので
とても嬉しそうである。
私は早速、料理の手伝い。
明日の納骨式のあとに
婚家で食事会があるのだが
夫の親族が40名ほど参集するのだ。
その料理(ほぼずべて手作り)をする。
時折、抱っこ~とやってくる龍晴。
従兄弟たちを、以前会ったときにこうやって遊んだよね?というように
誘ったりしていて、
成長したなあ、と思ったりする。
しかし私はとにかく料理、料理。
5/18(土)
朝から料理や配膳の準備。
11時から式典があり、
10時には教会に着く。
式典の途中からちょうどお昼寝タイムにあたるため
教会を出て、
傍にあったお店でお昼寝。
ぐっすり眠る龍晴の
いとおしい顔。
午後はひたすら皿洗い。
何しろ40人近い大人の食事会なのである。
龍晴は20人近い子どもたちとたくさん遊んでいるのだが
時折、報告したいことや淋しいことがあったりするとやってきて
抱っこ~という。
抱っこできるときもあれば
忙しくてできないときもあり(こちらが殆ど)
そういうときは、遠くから私の様子を見て、我慢して引き返していくのが横目に見える。
かわいらしくて胸がぎゅっとなる。
夕方、すこし抜けられたので
龍晴とふたりでさんぽ。
スーパーマーケットに行ったり、
そばのお店ですこしだけ休憩をしたりして
ふたりの時間を楽しむ。
ってこう書くと、なんだか恋人どうしみたいだなあ・・・。
ううむ。
夜は昨日に続き、21時近くに龍晴は就寝。
夫の実家にいるとどうしても
昼寝も短く就寝時間も遅くなってしまう。
5/19(日)
東京に戻る日。
夫の兄一家に駅まで送ってもらう。
龍晴は乗りたかった車にやっと乗れて、
しかもハンドルまで握らせてもらい
ご満悦である。
良かったね。
京都駅のイセタンそとのおおきな階段で
龍晴に作ってきたお弁当をあげる。
夫と私は新幹線の車内にて。
15時前には東京のわが家に到着。
ああ家はいいなあ。
龍晴、やっと19時に眠るいつもの時間に戻る。