夕方、父から電話が入る。
父から突然電話がくることは極めて稀だ。
父にプレゼントを贈ったときにそのお礼、のようなシチュエイションでもない限りは、
たいていは母からの電話で、父に代わってもらうというパタンが多い。
仕事中だったが嫌な予感がして電話に出る。
「なにか嫌な話?」と聞くと
「うーん、実はお母さんが入院した」とのこと。
母の記憶が突然なくなったから、というのだ。
父も仕事中で「お父さん、わけがわからなくなっちゃったから帰ってきて」という電話を3分起きくらいに数回受け、
わけがわからなくなったって?と思いながら、どうやらただごとではなさそうなので帰宅すると、
明らかに取り乱した様子の母がいて、
近所のひとが来ていたようなのにわからないとか
入院している祖母(母の母)のことを生きているのか死んでいるのかわからないとか
子供が4人いること、それぞれの子供の名前もまったくわからないとかそういえばそんな子供がいた気がするとか
そういう状態だったそうで
これはさすがに急を要すると思った父は弟に電話をし、弟の指示を受けて(弟は畑違いとはいえ医者なので)病院に連れて行ったそうだ。
CTを取ったりMRIを受けた結果、
おそらくということでわかった病名は、
一過性全健忘症というもの。
母の症状がまさにそのもので、一時的に記憶がなくなるものらしい。
24時間以内にほぼ回復するというのだが、
それでも心配だったので、そばにいた末弟とともに、とるものもとりあえず帰省をすることにした。
それがいまから5時間ほど前のことだ。
最寄り駅まで到着すると、弟が迎えに来てくれていて、
(仕事が終わったらすぐに駆けつけてきたそうだ)
主治医の先生からは弟が再度説明を受けてくれたとのこと。
主治医の先生も弟の所見もやはり一過性全健忘症だという。
母は疲れて眠ってしまったそうなので、病院に行くのは明朝ということにし、
みんなで長野の家に戻り、
明日は学会で東京に行かないといけないし、しかも学会で研究発表があり
その論文の手直しを今夜する予定だったという弟は
またトンボ返りで雪の中を松本まで帰って行った。
すごく心配していた恋人に電話で状況を伝える。
仕事でほとんど寝ていないからおそらくふらふらだろうに
恋人は肌身離さず携帯電話をそばに置いてくれていたそうで
その心遣いにも感謝する。
それにしても焦った。
さすがに両親も還暦を過ぎ、父も肺癌だったし母もいろいろな病を抱えている。
私自身も病気をしたことから、いつなにが起きてもおかしくない覚悟はしておかなくては、
と思っていたものの、
やはりこんなに急に、しかも記憶がなくなるなんて不可解なことが起こると
本当に焦る。うまくいえないけど、いまはとにかく焦ったとしかいえない。
それにしても
「おかしくなっていく自分」を感じていったときの
母の気持ちを思うとなんともやりきれない。
生きているといろいろなことがある。
でも生きているのはやっぱりそれだけで尊いものなのだと
今日も強く感じる。
長野はいま雪が降り始めていて
明日はだいぶ積もることになりそうだ。
母が夜中に病院で目覚めて不安になったりしていないといいなと思う。