どうして?

と問われると。


それは勘です。としか言えない。


私の勘はときに鋭い。もちろんときに鈍い。

それはおおくの女性と同じだ。


ただ。

私はこういうときの自分の勘が

外れないことを知っている。


なんとなく感じた気持ち悪さ。

なんとなく感じた不愉快さ。

なんとなく感じた信じられなさ。

なんとなく感じた自分勝手さ。

なんとなく感じた薄気味悪さ。


助けてもらったことがある。

そのことは理解している。感謝している。

でもそのことと、この感覚的なことは別なのだ。

申し訳ないのだけれども別なのだ。


それで距離を置くことにした。

もちろん、意図的に。


その後、しばらくして、

私が感じた得体の知れなさ、が事実だということもわかった。


ただ人間というのはいろいろだから

あるひとにおいては事実だし決定的なことだけれども

あるひとにおいては事実ではないし決定的でもないのだろう。あるいは見えないようにしているのだろう。

あるいは見せないように。


でも私は。

やっぱりなあ。

と思い、さらに距離を置いた。


それだけのことだ。


私は自分の目で見て判断したことを信じる。

ただもちろん。感謝はしているのだ。それも事実だ。


今日は寒い夜。