今夜とつぜんに思い出したりする。

帰ってきたら恋人がいなかった。
別にそれは不思議ではなくて、
今夜は出かけることになっていたから、
従妹の家でばんごはんを招ばれている私より早いか遅いかはふたつにひとつだ。

それでもなんとなく
私より早いとうれしいなと思ったから
外から部屋をみあげてまだ帰っていないようだと思ったら
すこうし残念な気持ちになる。

ドアを開けると玄関のあかりもストーブもつけっぱなしで
部屋は真夏のように暑い。
慎重な恋人にしてはめずらしいことだ。
きっと会に遅刻しそうになったのだろう。
あわてて出かけるさまが目に浮かんだ。

今夜はめずらしく恋人よりも早く私が出かけた。
恋人より早く出かけるときは後ろ髪がひかれるような気持ちになるし
恋人より遅く帰るときは困ったような気持ちになる。
窓に明かりがともっているとうれしい一方で。勝手なものだ。

早く帰ってきて欲しいと思いながらお風呂に入り
本を読む。
恋人がいないとつまらない。
同じところにいてもなにを話すともないのにそれでもやっぱりつまらない。

そういえば数年前。
もうこんなひとと一緒にいるのはいやだと
人生についてこれからについてぜんぶリセットしようと
ほとんど突然のように10日間ちかく旅に出たことがあった。
明日からヨーロッパに行くから、と聞いた恋人もたぶんとても驚いたと思うのだが、
私もそのときのつよい気持ちに驚いていた。

それでも旅に出た先で
私はやっぱり恋人のことをいつも思った。
だからおおきな町につくたびに恋人にはがきを書いた。
私よりはがきのほうがあとに恋人のほうに着くだろうと思いながら
カフェや教会や美術館ではがきを書いた。

早く帰ってきて欲しいと
広場からかけた電話でいっていた恋人のことばを声を

今夜とつぜんに思い出したりする。