ここのところぽかぽかとあたたかい日がつづいた。
寒いのが苦手な私は、毎日何度でも天気予報を見て、日本地図にうつしだされる気温とにらめっこする。
昨日より少しでも高い気温が書かれているとほうっとするし
その逆の場合は残念な気持ちになる。

しばらく寒い日がつづくらしい。
春めいた陽気もお休み。

坂川栄治さんの「遠別少年」を読んだ。
名前は存じ上げなかったのだが、坂川さんは装丁家としてとても有名な方で、たとえば「TSUGUMI」や村上さんが訳した「キャッチャー・イン・ザ・ライ」などの装丁を手がけているのだそうだ。
ということは、私も何度も目にし、手に取ることになった本の表紙たちをつくっているひと、である。

なるほどこの「遠別少年」は、手にとるように画が浮かんでくる。
ひとつひとつ丁寧に、きれいにつづられた小編集だ。

さて「遠別少年」を読んでいて、私はその描写に、
思いがけずも強烈な既視感を憶えることになった。

遠別、というのは、坂川さんが少年時代を過ごした北海道の、稚内のそばのちいさなちいさな町のことだ。
極寒の北のまち。
そこは・・・正確にいうと、坂川さんの目をとおして描かれた遠別の町は、驚くほど私が育った長野のちいさなまちに似ていて、そうして坂川さんの少年時代のことごとは、これまた私や私の兄弟たちが過ごしてきた風景と似ていた。

私が育ったのは長野の寒村で、まちというにはおこがましい、いまや過疎地帯の村のようなものだが、
そうしてもちろん遠別よりも南に位置し(何しろ遠別は冬場の最低気温がマイナス30度にもなるらしい。私が住んでいたところは、どんなに寒くてもマイナス15度くらいだったと思う)、したがって遠別よりもよほど過ごしやすいはずなのだが、
さらには坂川さんと私とは、20年近く年齢が離れているにもかかわらず、
それでも坂川さんのものがたりと、私のささやかな思い出はあまりにもよく似ていた。

たとえばこんなくだり。

もうそろそろ起きないと学校に遅れるなと計算して、頭の中で一、二の三と掛け声を掛け、手を伸ばしてまくらもとの服を引っ掴んだ。そして脱兎のごとく冷え切った部屋の布団から飛び出すと、階段を駆け降り、燃えさかる石炭ストーブがある茶の間までバタバタと走った。ストーブのそばでは、一足早く起きた弟たちが寒い寒いと言いながらモモヒキ姿で着替えをしていた。冬の朝のはじまりだった。

そう。長野の冬もこんな感じだった。
ちいさな頃。朝起きるのはとてもつらかった。
眠いから、ではない。長野の朝はとても寒いのだ。
布団に入っているぶぶんだけからだがあたたかくて、ほっぺたや鼻のあたまはすっかりと冷たくて、
布団から出るのはとても勇気がいるものだった。
何度となく逡巡し、そうして掛け声とともにがばりと起き上がって、冷たい廊下を走って居間にたどりつく。
ストーブの前に着替えを置いてあたためて、
それであたたまった服にやっと着替えて台所のテーブルにつく。
台所にひろがる、あたたかい味噌汁の香り。ふわふわとした湯気。

そういえば私も格好悪いなんてことを思う余地もなく、
保育園の頃は有無を言わさずにモモヒキをはかされていた。
だいたい保育園の同じクラスの子、みんなそうなのだ。
モモヒキがおかしいなんて思ったことはなかった。そういう時代だった。

玄関でゴム長靴に足を入れる。玄関の戸のガラスは凍りついて、表面が細密画のような氷の花柄にみっしりと覆われていた。

そう。子どもたちはみんな長靴を履いていたっけな。
中にもこもこと綿がつまったような長靴とブーツの中間のようなもの。
それでもちっともあたたかくなんかなくて、手と足の指はぜんぶ霜焼けでぱんぱんにふくれていた。

いまみたいに結露がつかないガラス窓なんてなかったし、
いまよりもずっと寒かったから、
まず朝起きてすることは、お湯をわかして玄関のドアについた氷を溶かすことだった。
そうしないと外に出られないのだ。

大きな窓にはみっちりと氷が模様をつくっていた。
いつまで見ていても飽きないくらい、それはそれは美しいもので、
当時から寒いのは大嫌いだったけれども、唯一そのガラスに宿る氷の造詣だけはとても好きだった。
寒さののこした美しい造詣。

毎日毎日雪が降って、ときどき雪がやんでも冬場に晴れることなんてなくて、
だから東京に出てきていちばん驚いたのは、冬なのに毎日晴れていることだった。

ちいさなころは、12月に降った雪が3月まで溶けることなんてなかった。
そのいつまでも溶けない雪、を「根雪」とみんな呼んでいて、
でもこのところめっきりとあたたかくなった長野では、根雪なんてきっとないのだろう。

そんなとおい昔の雪国の情景が、この「遠別少年」には詰まっていて、
もしかしたら南のほうで育ったり、都会で育ったひとには退屈かもしれないけれども。
そうしてこんなに寒い場所では、やっぱりもう住めないなあと思いながらも。

私はこのちいさな話を、とてもなつかしく、いとしく思うのだった。