なみちゃんという女の子がいる。
といっても声と名前しか知らないし、おまけに本名かどうかもわからない。
なみちゃんというのは、私が住んでいる家の、前の家に住んでいる女の子だ。
私の家は3階にあって、気持ちよい風が通り抜けるので、雨の日以外は、すべての部屋の窓をぜんぶあけっぱなしている。
だからなみちゃんの家でおきる騒動が、時折筒抜けで聞こえてしまう。
3ヶ月くらい前だろうか。
荒々しい若い男の子の声がしたと思ったら、
なみちゃん(そのときは名前を知らなかったのだけれども)の金切り声が聞こえてきた。
出て行ってよ!
また暴力ふるったら、警察呼ぶよ!!!!
えええええ?
け、けいさつ?ぼうりょく???
ドラマみたいなおそろしい単語の連続に、
いくら東京砂漠とはいえ田舎者の私はおたおたしてしまって、
もしや事件が起きたら大変と、声がするほうを慌ててのぞいてみた。
するとなみちゃんの部屋から、男の子がドアをばたんと閉めて出て行くところだった。
とりあえず暴力沙汰は避けられたのだな、と思ったら、
その翌週くらいに、どう見ても違う男の子が、また追い出されているのを目撃した。
なにしにきたのよっ
となみちゃんは大声で言っている。
すごすご帰る男の子。
なにしにきたって、なみちゃんに会いにきたんだよねえ、と思う私。
この手のことが時折おこなわれるので、だんだんこちらも慣れてくる。
まあなみちゃんはなんというか、なかなかにやり手な女の子らしいのだ。
さてそんななみちゃんであるが、昨日の夜中にまたしても事件が起きた。
なみちゃーん?
という、甘ったれたような若い男の子の声が耳に入ってくる。
(そうか、アパートの女の子はなみちゃんて名前なのだな)
なみちゃーん、いないの?
(留守なのかな?)
なみちゃーん、あけるよ?
(え、なみちゃんいるの?っていうか、合鍵とか渡してるわけ?)
なみちゃーん、なんで電気消しちゃうの?
(ええ、なみちゃん、居留守なの?しかもチェーンロックはしてるってこと?)
なみちゃーん、みんなでいるの?
(えええ、そんなわけないだろー>オトコ)
…とまあ、なんだかすごいことになっている。うわあああ。
どうも真っ暗な部屋にひそんでいるなみちゃんは、
観念したのか男の子に時折なにかを返答しているらしい。
オレ怖くなんかないよとか
(1時間近くも入れてもらえない部屋の前でしゃべってる時点で既に十分にこわいと思う)
この前○○ってなみちゃん言ったじゃん、それって○○○で○○○…
(聞き取れない)
だってあんなに仲良くなったのに、なみちゃん、○○○
(・・・・・・)
とまあ、男の子、粘る粘る。
筒抜けで聞こえてくる会話がいじらしいやら情けないやら。
さっさと帰りなよーしかもなみちゃんの部屋にはキミと同じような男の子がいれかわりたちかわりきてるんだからーと、お母さんとしては言いたくて言いたくてたまりません。
そういえば10年以上も前になるが、
私もこういうなみちゃん的なことをしでかしたことがあった。
ちょっとしか知らない大学の先輩にすごく好かれてしまって、
一度送ってもらった家の前に朝まで居座られたことがあった。
いまからいくという留守番電話を聞くやいないや、部屋中の明かりを消してふとんにもぐりこんだ。
何度もノックされるドア。でも最後まで部屋から出なくて、そうして翌朝、タバコひとはこ分くらいの吸殻が、アパートのドアの前に落ちていたのだった。
当時は気持ち悪いセンパイというふうにしか思わない残酷な人間だったが、
いま思えば、どう考えても非は私にあったのだ。
家まで送ってもらうとかね。電話番号なぜか教えてるとかね。もう隙だらけってやつでしょう。
なみちゃん、ろくな人間にならないぞ。
ひとにした過ちは、必ず自分に返ってくるぞ。
たとえ若気の至りとはいえ。
と、その後数時間にわたって部屋の明かりを消して篭城しつづけたなみちゃんに、
私はこころのなかで呼びかけるのでした。
といっても声と名前しか知らないし、おまけに本名かどうかもわからない。
なみちゃんというのは、私が住んでいる家の、前の家に住んでいる女の子だ。
私の家は3階にあって、気持ちよい風が通り抜けるので、雨の日以外は、すべての部屋の窓をぜんぶあけっぱなしている。
だからなみちゃんの家でおきる騒動が、時折筒抜けで聞こえてしまう。
3ヶ月くらい前だろうか。
荒々しい若い男の子の声がしたと思ったら、
なみちゃん(そのときは名前を知らなかったのだけれども)の金切り声が聞こえてきた。
出て行ってよ!
また暴力ふるったら、警察呼ぶよ!!!!
えええええ?
け、けいさつ?ぼうりょく???
ドラマみたいなおそろしい単語の連続に、
いくら東京砂漠とはいえ田舎者の私はおたおたしてしまって、
もしや事件が起きたら大変と、声がするほうを慌ててのぞいてみた。
するとなみちゃんの部屋から、男の子がドアをばたんと閉めて出て行くところだった。
とりあえず暴力沙汰は避けられたのだな、と思ったら、
その翌週くらいに、どう見ても違う男の子が、また追い出されているのを目撃した。
なにしにきたのよっ
となみちゃんは大声で言っている。
すごすご帰る男の子。
なにしにきたって、なみちゃんに会いにきたんだよねえ、と思う私。
この手のことが時折おこなわれるので、だんだんこちらも慣れてくる。
まあなみちゃんはなんというか、なかなかにやり手な女の子らしいのだ。
さてそんななみちゃんであるが、昨日の夜中にまたしても事件が起きた。
なみちゃーん?
という、甘ったれたような若い男の子の声が耳に入ってくる。
(そうか、アパートの女の子はなみちゃんて名前なのだな)
なみちゃーん、いないの?
(留守なのかな?)
なみちゃーん、あけるよ?
(え、なみちゃんいるの?っていうか、合鍵とか渡してるわけ?)
なみちゃーん、なんで電気消しちゃうの?
(ええ、なみちゃん、居留守なの?しかもチェーンロックはしてるってこと?)
なみちゃーん、みんなでいるの?
(えええ、そんなわけないだろー>オトコ)
…とまあ、なんだかすごいことになっている。うわあああ。
どうも真っ暗な部屋にひそんでいるなみちゃんは、
観念したのか男の子に時折なにかを返答しているらしい。
オレ怖くなんかないよとか
(1時間近くも入れてもらえない部屋の前でしゃべってる時点で既に十分にこわいと思う)
この前○○ってなみちゃん言ったじゃん、それって○○○で○○○…
(聞き取れない)
だってあんなに仲良くなったのに、なみちゃん、○○○
(・・・・・・)
とまあ、男の子、粘る粘る。
筒抜けで聞こえてくる会話がいじらしいやら情けないやら。
さっさと帰りなよーしかもなみちゃんの部屋にはキミと同じような男の子がいれかわりたちかわりきてるんだからーと、お母さんとしては言いたくて言いたくてたまりません。
そういえば10年以上も前になるが、
私もこういうなみちゃん的なことをしでかしたことがあった。
ちょっとしか知らない大学の先輩にすごく好かれてしまって、
一度送ってもらった家の前に朝まで居座られたことがあった。
いまからいくという留守番電話を聞くやいないや、部屋中の明かりを消してふとんにもぐりこんだ。
何度もノックされるドア。でも最後まで部屋から出なくて、そうして翌朝、タバコひとはこ分くらいの吸殻が、アパートのドアの前に落ちていたのだった。
当時は気持ち悪いセンパイというふうにしか思わない残酷な人間だったが、
いま思えば、どう考えても非は私にあったのだ。
家まで送ってもらうとかね。電話番号なぜか教えてるとかね。もう隙だらけってやつでしょう。
なみちゃん、ろくな人間にならないぞ。
ひとにした過ちは、必ず自分に返ってくるぞ。
たとえ若気の至りとはいえ。
と、その後数時間にわたって部屋の明かりを消して篭城しつづけたなみちゃんに、
私はこころのなかで呼びかけるのでした。