病院へ。
先週、手術後3ヶ月の検査を受けていたのだが、今日はその結果をきく日である。

また癌が見つかったらどうしようかな。

ということを。考えていた。
手術が成功してからもそうだし、とりわけ先週から今週にかけてはずっと。
きものきものとさわぎながらも、ほんとうはそのことこそが私のこころを大きく占めていた。

また癌が見つかったら。

そう考えるのはすこしこわくて。すこしかなしくて。

そうして今日。
今回の検査では、癌がみつからなかったという報告を受ける。
医学的には正しくない表現かもしれないが、私が受け取った結果はそういうこと。

実感が湧かない。

ほんとうに実感が湧いたのは。
会計もぜんぶおわって病院の外に出て、恋人にメールを送って、恋人から電話がきたときだった。

並木の道を歩きながら。
癌が見つかりましたといわれた日のこと、気持ちの整理がつかなくて、やはりこの道を電話の向こうの恋人と泣きながら話したときのことを思い出す。

大丈夫や。
あのときの恋人はいって、
そうして今日も、ほんまによかったな、これでだいじょうぶや、もうばっちりや、と恋人はいう。

やっとうれしくなって。
またすこし。泣きたい気持ちになる。
泣きたい気持ちになったときは泣くようにしている。
だからその並木道は。いつだって泣きながら歩く。

両親と話をし、そうして病気のことでお世話になったKさんとMさんにそれぞれメールをする。
みんな喜んでくれて。そのことが嬉しい。

病気を得たことで変わったこともたくさんある。
必ずしもかなしいことばかりではなく。
たとえば自分の人生。恋人とのかかわりあいかた。まわりのひとへの思い。接し方。
そんなことどもがずいぶんと変わった。
どれも私にとってはむしろ必要な変化だ。

空は晴れ。

私はいまのところ元気です。
この先、元気でなくなる日がきたら、またかっこ悪く泣いたり騒いだりもがいたりすると思う。
でもそれでもいいと思う。
そうした結果。また得られるものは必ずあるから。

そうして私と同じように。あるいは私よりもずっとつらい思いをしているひとたちへ。
そういうひとがたいせつなひとであるひとたちへ。

私は今日も祈っています。
みんながしあわせな気持ちになれることを。