家を出るときに雨が降っていない限りは、傘を持っていかないという主義である。
まあ主義というほどたいそうなものでもなく、
単純に、雨が「ふらないかもしれない」のにわざわざ傘を持っていくのは荷物が増えるだけだしメンドウ、という性質なのである。おかげで何度、雨にやられたことか。

今日の天気予報は雨。
しかし朝、会社にいくときは薄日が差している。
もちろん傘は持たずに出かけ、案の定、通勤途中で雨が降りだす。
しかもあろうことか、ご丁寧に洗濯物まで外に干してきている。
だってせっかくひさしぶりに薄日でも太陽が差したのだから。
外に干さずにいられようか。
そうしてもちろん、帰ってきたら軒先に顔を出す方の、かたほうの袖はしんみりと塗れている。

この季節の雨は、たくさん降っても冷たくない。
だから傘がなくても平気で歩ける。
もちろん土砂降りだったらかなしい気持ちにはなるけれども。

春雨やぁ濡れていこう、秋雨やぁ避(よ)けていこう。
ちいさなころ、祖母がよく節をつけてうたうようにいっていた。春の雨の日。
春雨は塗れて歩いてもいいくらいに気持ちがよいものだし、
一方で、秋雨はぜったいに傘をささなくてはいけない。からだを冷やすから。
と、そんなようなことを教えてくれた気がする。
いずれにしてもとおい昔の記憶だ。
いろいろなことを問わず語りに教えてくれた祖母は、いまはひとりきり、夢の世界のなかにいる。
もう子どもも孫もなにもわからなくなってしまった。
もしかしたら。自分のことでさえも。
そうして機嫌のいいときは、小学校のころに習ったような歌をうたっている。

こんな雨の日には。
祖母はなにを思うのだろか。
春雨やぁ、濡れていこう。
というあのうたは、うたうことはあるのだろうか。