恋人の散髪をした。

変なところに吝嗇な恋人は、美容室で髪を切るなんてもったいないとあるときからいうようになって。
たしか会社を辞めて独立することをほんとうに決めたくらいからだったように思う。
無駄遣いはできひんからな。と恋人は笑いながらいう。
以来恋人の髪を切るのは、私の仕事だ。

伸びるのが早い恋人の髪に、
だから私は3週間に1度くらいはさみをあてる。
最初はおぼつかなかったはさみづかいも、いまはもうだいぶ慣れてきた。

リビングに新聞紙をひろげて。
あたたかいお湯を入れた霧吹きで髪をしめらせる。
ふつうのはさみとすきばさみをもちかえて。
途中で2回ほど、鏡で確認をしてもらって。
どう?というと、もうちょっとここらへん短くしてとか、ここそろってへんよとかいくつかの修正をいって、
最後は鏡をみて、うんばっちりや。と恋人はいう。
うんばっちりや。ありがとう。鏡越しに笑う恋人。

いくら慣れてきたとはいえ素人は素人だから、
たまには散髪に行ってきたら?という私に、
ええねんええねん、もったいないやん、と恋人はいつもいう。

これから先、うんとお金持ちになってもなんだかんだいって、髪切ってっていいそうだね。
とあるときいったら。
ほんまやな。いいそうやな。とおかしそうにあなたは笑うから。
なんだがぎゅっとうれしくなって、
うんじゃあ切ってあげるね、お金持ちになっても。
と私も笑いながらこたえる。

お金持ちになっても。切ってあげよう。
これから先も切ってあげよう。
固くてつんつんとして真っ黒で扱いにくくって。
それでもいとしいと思う。恋人の髪。