久しぶりに焼き菓子をつくった。
レーズンやラズベリーをたっぷり入れた、ドライフルーツのケーキ。

昔はよく焼き菓子を焼いた。
オレンジやバナナピューレをたっぷり入れたマフィン。
アーモンドフィナンシェ。
マーブル模様のパウンドケーキ。
チョコレートブラウニー。
いろいろなかたちのクッキー。

バターやら卵やらを泡立て器で混ぜているときは
ほかのことを考えたりしないし、
オーブンからただようあの熱く甘やかな空気は、いつもこころをきちんと満たしてくれる。

だから昔は、かなしいことがあるとお菓子を焼いた。
気分転換にお菓子を焼いた。
好きなひとに差し入れるためにもお菓子を焼いた。

とにかくしょっちゅうお菓子を焼いていたのだ。
つまるところ。

しばらく前に付き合っていたひとは、
私よりも数段甘いものが大好きで、
信じられないくらいお菓子とか料理をつくるのがうまいひとで、
しかも私のためになにかをするのが生きがいのようなひとだった。

任期満了。選手交代。

以来、いつもそのひとがせっせとお菓子を焼いた。

そうして。そのひとと会わなくなってからも、
私はお菓子をつくらなくなった。

単にお菓子をつくることがめんどうになっただけかも知れない。
オーブンの前にたつそのひとの背中を思い出すのがつらかったせいもある。
というのはすこしセンチメンタルにすぎるだろうから。

キッチンでごそごそと
かきまぜたり材料を測ったりしていたら、
ソファで新聞を読んでいた恋人がなにつくってるん?とやってきて、もの珍しそうにハンドミキサーをいじっているので、
手伝ってもらうことにする。

では混ぜてください
次にこの砂糖を入れてください
たまごを少しずついれます
ぐるぐるではなくて、切るように混ぜてください

などという私の指示に神妙にしたがう恋人は、ちいさな子どもみたいだ。
そのくせなかなか手際もいいし、私などよりよほど丁寧に、混ぜたり、材料をこすりとったりしている。

型に入れてオーブンに入れて。
暫くするとあの甘いにおいが部屋いっぱいにひろがってくる。
懐かしいにおい。
懐かしいけどちっとも悲しくないにおい。
焼き上がったケーキをそのままフォークでつついて食べる。
かりかりの外側とふんわりの内側がちょうどよくて、なかなかおいしい。

おいしいんじゃない?
おいしいんじゃない?
なんていいながら結局ふたりで半分も食べてしまう。
あかん食べ過ぎてもうたー
といいながら
今度はチーズケーキ食べたい
とか恋人はいっていて。

仕方ないなあといつものように思いながら、
チーズケーキの材料を私はメモにする。