夕方5時にチャイムが鳴るのは、東京の風習なのだろうか。
前に住んでいたところもそうだったし
新しく住みはじめたところもそうだ。

新しく住みはじめた街は、5時になるとどこからか
ドヴォルザークの新世界の「家路」が流れる。

私は昔からこの「家路」のメロディにとても弱くて
耳にするたびに胸がぎゅっとつかまれたような気持ちになる。
ぎゅっとなって、鼻の奥がつんとなる。

アニメーション映画の「銀河鉄道の夜」の
とても素敵でかなしいシーンに、このドヴォルザークの「家路」が使われていて。
小学校のときだったろうか。
映画館でこの映画を見て以来、「家路」とそこはかとないかなしみは、切っても切れないものになったように思う。

大学生のころのこと。
そのとき付きあっていたひとと、宮沢賢治のイーハトーブを訪ねるという旅行をしたことがある。
花巻や盛岡のたくさんの史跡をまわる旅。

確かテレビで放送された「銀河鉄道の夜」を見ていて、
それで今度の夏休みにでも旅行しようかということになったように記憶している。

小岩井農場にあるSLを改造したホテルに泊まり
降るような星をずっと眺めた。
ちいさくて窮屈なベッドのうえとしたでずっと話をした。
山をまるまる公園にしたような宮沢賢治の記念公園のようなところにいって
花でいっぱいのポラーノの広場で記念撮影をした。
セロ弾きのゴーシュがユモレスクをかなでる銅像。

今日も夕方になると。
「家路」がゆったりと街をつつむ。
隣には恋人がいる。

なんやここも音楽が流れるんやな。
なんの音楽やこれ。

そんなふうに聞く恋人に。
ドヴォルザークの「家路」っていったかな。とこたえながら。
そんな遠い記憶を。すこしだけ思い出したりもする。