恋人と恋人になるまえの初めてのデートで。
夜のどうぶつ園に侵入しようと画策したこと。
いいとしのおとなが2人でなにをするのだという感じなのだけれども。
ここだったら乗り越えられるかな?とか鉄条網があるよ?とかけっこう真剣に話しあった。
闇に響くどうぶつの泣き声。濃密な夜のにおい。どきどきする気持ち。
いまでも憶えているだろうか。
いちばん印象に残るいくつものデートのことを題材にした、
角田光代さんの「All small things」に出てくる話でいっとう素敵だなあと思ったのが。
もう60歳を超した女性の話。
その女性がご主人と結婚することを決めたときのエピソード、である。
お見合いで出会ったご主人との、初めてのデートは「養老乃瀧」だった。
「店、知らんもんで、すみません」と無口なご主人はいい、女性と黙々と食事をする。
鯵フライ。焼鳥。じゃが芋のサラダ。冷奴。まぐろのぬた。およそ初デートらしからぬ、と女性は思う。
するとしばらくしてご主人はぽつんという。
「なんだか、嘘みたいだ」
お猪口が空けばあなたが満たしてくれる。焼鳥の串は食べやすいようにあなたがとってくれる。フライにレモンを絞ってくれる・・・そういう全部、自分には嘘みたいだ、と。
女性にとっては当たり前のそれらのことが、男性にとってはほんとうに眩しく信じがたくうれしかったのだと。
その言葉をきっかけに、女性はご主人との未来を描くようになっていく。
というなんとも素敵な話である。
そんなふうに思ってくれる男性がいたならば。
とてもうれしいことなのにと思う。
いつか私にもいるならば。