失くしものに気がついたのは、終電に近い駅のホームだった。
2年とちょっと前からいつも身につけているそれは、
もっとも失くしたくないもののひとつだ。
しかもずっと身につけているから、もうそこにあるのが当たり前になっている。そんなもの。

でも今夜、あるべき箇所におさまっていないことに気がついて。
文字どおり冷や汗が出た。

どこで失くしたのだろう。
失くしやすいものではあるので、一日に何度も、さわったり目で確認したりしているのだ。
最後に確認したのは、確か夕方の会議のときだったと思う。
それから夜に後輩の子と食事に行き、会社に戻った。
食事に行ったお店では意識的にはそれの所在を確認していなかったけれど、でももし失くしていたらきっと気がついただろう。
ということは会社かもしくは駅のホームまでの道のりか。

そこまで思い至り、とにかく会社に戻ることにする。
駅のホーム。階段。自動改札。横断歩道。

来た道順をひとつずつ正確に思い出して、緻密に記憶をさかのぼる。
会社の通用口(守衛さんに訝しい顔をされた)。
何機かあるうちの、今日使ったエレベーター。エレベーターホール。

そうしてフロアのドアを開けた瞬間に。
フロアの真ん中の通路に、まさしくそれが落ちているのが見えた。
ちいさくまるまって。蛍光灯に照らされてきらりと光りながら。

ああよかった。
もう本当に本当に嬉しくて、しっかりとそれを握りしめる。
なくさないように。しっかりと。

そうして失くしたと思ったのは本当ははじめてではないそれと
実をいうと同じように肝を冷やしたことが数回あるそれと
また再会できたことにすっかりと気をよくする。

たぶんまだそれは、私にとって必要なものなのだ。
だからきっと私のところに戻ってきた。
そうしてまた定位置におさまる。
まだ必要なものだから。