家が火事になったら持って逃げるもの。


子どものころ、どういうわけかそれがときどき家族の話題になった。

思えば随分と物騒な話だ。


その話題を振るのは決まって母だった。
それはおそらく母が小さな時に隣家が火事になったことがあり、慌てて荷物をまとめて逃げた、という事件に起因するのではないかと思う。
母はその恐ろしかったという火事の記憶も、ときどき話してくれたから。


家が火事になったら持って逃げるもの。


大切なものやその順番がそのときどきで変わるせいで
うーんうーんと首を捻る子どもたちの前で
母はきっぱりと言い放つ。


「お母さんはアルバムだけ持っていく」


一瞬の迷いも隙も見せずに、こたえはいつだって一緒で。
それはもう揺るがない意志として私たちにも感じられた。


いまのようにデジタルカメラがない頃の話だ。
私の家には両親が…とりわけ母がことあるごとに撮った写真が、何十冊もの分厚いアルバムにおさめられ、押入れの奥にうずたかく積まれている。
写真を撮るのが趣味、というようなことではなく。
だからアルバムにおさめられている写真はほとんどすべてが家族の写真だ。


本や服やなにかはまた買えばいい。
でも写真は燃えてしまったらそれで終わりだから。
と、母はいつもいっていて。


おまえたちみんなが大きくなって。この家を出て行って。お母さんがおばあちゃんになったら。お父さんとふたりでこのたくさんのアルバムの写真をのんびり見て過ごすのだ。
そんなことも、母はことあるごとにいっていて。


何十冊もあるアルバムを母ひとりで持って行くなんて到底できそうもないから、それなら子どもたちみんなで手分けして運ぼうか、と母が席を立った後にこっそりと幼い相談をした。


おそらくはその頃の母にとって…もしかしたらいまでもかもしれないけれど・・・守るべき、あるいは愛すべき家族の象徴がアルバムだったのだろう。

アルバムとアルバムに収められた記録と記憶。


撮り溜めたデジタルカメラの写真を見ていたら。
そんなことをふと思い出した。


庭に咲く花。旅先の美しい景色。

友だちと行った食事。兄弟でのカラオケ。恋人と過ごす日々。

そんなたくさんの写真たち。


そうして私は思うのだ。

このデジタルデータのひとつひとつは間違いなく

私の守るべき、あるいは愛すべきなにかの象徴なのだということを。