ウィーンの中心地の近く、カールスプラッツ駅のすぐそばに、secession セセッションという建物がある。
金色のまるい網をあたまに乗せた白い建物。
この建物の地下にはクリムトのフレスコ画〝Der Beethovenfries 〟がある。
もともとクリムトは好きでも嫌いでもない。主だった作品は既に見たことがある。
でもまあ折角セセッションに行くのだし、あの有名な壁画を見ておこうか。
それくらいの気持ちだった。
しかし。〝Der Beethovenfries 〟は予想に反して私のこころを強く打った。
壁画のある静かな地下室で、私はしばらくその大きな絵を眺めた。
そうしてその日の夕方、まったく偶然に訪れた場所で、今度はクリムトの〝Der Kus〟を見る ことになる。
この有名な作品はこれまでなにかの形で何度も目にしている。
このときこの街でこんなふうにクリムトの〝Der Kus〟と出会った。
クリムトとの出会い、そして再会。
なんといったらいいのだろう。
そのときの気分を私はいまこの東京で、正確に再現することはできない。
ひとつだけいえるのは。
そのころ日々抱いていた大きく深い闇のようなものを昇華させたのが、
クリムトの2枚の絵だったということだ。
その2枚の絵の前で、私はなんともいえない開放的な気持ちになった。
止まっていて、さらにどろどろにくすんでいた血液が、
一気にどっと流れていく。そんな感じ。
そろそろ日本に帰ってもいいなと思った。
大切なひとに会いたいと強く思った。
その気持ちのことはいまでもとてもよく憶えている。
セセッション