本当はsacherで、かのザッハトルテを食べながらお茶をするつもりだった。
ウィーンにきたからにはホテル・ザッハでザッハトルテを食べたい。
いくらおのぼりさん的だと嘲笑われようとも。
しかしその日は、近くのオペラ座で有名な演目があったせいもあり、夕刻のこの界隈のカフェはどこもとても混んでいた。
私はsacherをあきらめて、たまたま隣にあったこのカフェに入った。
だからこのカフェと出会ったのは、単なる偶然だ。
結果的に、この偶然を私は祝福したいと思ったのだけれど。
このカフェはとても親密な感じがした。
旅をしていると…特にヨーロッパでは…ちょっとした蔑視の気配を感じることがある。
あるいはそれは蔑視などではなく、あくまで作法の問題で、こちらがそれを踏み外しているからなのかもしれない。
ただ、遠く異国の地において、しかもほっとしたいカフェなどでそういう負の感情を背負うのは結構つらいものだ。
私が好きだと思ったこのカフェでは、そうしたことがまったくなかった。
フロアをとりしきる年配の男性は、何国人であろうときちんした敬語と尊称を用い、それがとってつけたようでもない。
壁際の座り心地のいい椅子に腰をうずめていると。
この男性がいかにさりげなくあたたかく店全体に気を配っているかがとてもよくわかる。
杖をついた高齢の男性にはそっと手を差し伸べ、常連と思われる初老の女性には気安い冗談をいい、小さな子供には笑顔を見せる。
彼のその空気が伝播するのだろうか。時折顔を出す若い店員さんもとても感じがいい。
いつかまたウィーンを訪れることがあったら。
私はきっとまたこの店に行くだろう。
もしかしたら隣にあるsacherよりも。
#sacherの隣のカフェ(名前はわかりません)[ウィーン]