コーヒーを飲むと眠れなくなる。
これはほんとう。
少なくとも私の場合。
今夜はずいぶんと眠れないなと思う夜は。
たいてい少し遅い時間にコーヒーを飲んでいる。
親しいひととの食事のあとだったり。
仕事のあいまの息抜きだったり。
ほんとうはぐっすりと眠りたいのに。
なかなか眠りはやってこない。
そんな夜は。
たいていいつも。香を焚く。
ほそくゆるやかに部屋を這うやさしい香り。
ずっと以前、鎌倉の先のほうに住んでいたころ。
小町通りにある鬼頭天薫堂によく行っていた。
ここはお香の専門店で。線香や香木がおいてある。
暖簾をくぐって飛び石を踏んではいるお店の店先には。
いつもほんのりと香のかおり。
このお店のご主人は。
そのころ季節ごとに新しいお香をつくられていて。
その多くは鎌倉の風物から名前をとっていた。
私がいっとう好きだったのは。
いまもあるのだろうか、〝段葛の桜〟という名前のお香。
ほんのりとしたやわらかいお香で。
あまり眠れない夜がつづいたあのころの私を。
ときにやさしく眠りにつかせてくれていたし。
眠れなくてもすこしだけ安心することができた。
だからいまでも。
眠れない夜には香を焚く。
眠れないといっていた後輩は。ひとたちは。
少しは眠れるようになっただろうか。
私にとってのお香のようななにかが。あなたにもあったらいいのにな。
そんなことをふと思う。