その店に辿り着いたのは、15時をだいぶまわった頃。
西表の上原港のそばにある波止場食堂。
浦内川のほうにトレッキングに行った帰り。
どうしてもソバが食べたくなり。
西表でいっとうおいしいソバ。
島に移住した友人にそう聞いた、波止場食堂に行ってみることにしたのだ。
営業時間は11時から14時。
それも麺がなくなったら終わり。
そう知ったのは、店に入ってからのことだ。
小さな店の入口には「本日終了」の札が下がっている。
せめて声だけかけてみようかと。ひとがいない店の奥に声をかけると。
おばあが出てくる。小さなおばあ。
その日は14時に予約したという6人がまだやってこないので。
いつもは閉めてしまう店を開けて待っていたのだという。
こんな時間までなにしてたのぉ。
と聞かれ。
浦内のジャングルに行ってたの。
と応えると。
そーらひもじかったでしょう。かわいそうにねぇ。
ちょっと待ってなねぇ。
そういい残し。おばあは小さな台所に入る。
覗きに行くと。
大きなずんどうを火にかけてスープをあたため。
どんぶりのソバと紅生姜、そして豚肉をととのえている。おばあの小さな手。
昨日の夜ね、ヤマネコ見ちゃったんだよね。
台所の柱に寄りかかり。おばあにまで自慢する。
あらそら珍しいねえ。良かったねえ。
手を動かし続けながらもおばあが応えてくれる。
おばあが作ってくれたソバをテーブルに運ぶ。
昔、祖母がまだ元気だった頃。
料理を手伝ったときのことを思い出す。
おばあちゃんと呼ばれるひとたち特有の、穏やかな空気。
おじいがさぁ、いま入院してんのよ。
だからいまね、おばあがひとりでやってんの。
そういいながら、おばあが出してくれたソバは。
汁の味も、肉の味も。
それまで食べたことのあるソバとは全然違う。
しびれるくらいにおいしい、おばあのソバ。
西表でいっとうおいしいソバの味。
おいしくておいしくて。
すべての汁を飲み干す。
これめっちゃくちゃおいしいよ。おばあに言うと。
顔をしわくちゃにして嬉しそうに笑う。
そうでしょう、おばあのソバだからねと笑う。
おばあも一緒にテーブルにつき。
千葉に住むという息子さんの話、おばあのパイナップル畑の話などを聞く。
店を閉めた後に行くという、おばあのパイナップル畑。
デザートに出してくれる甘く香り高いパイナップルを食べながら。
食事を終えたのは16時。
その間も。おばあはまだ来ない先約の6人をずっと気にしている。
どうしたんだろうねえ。
ひもじいだろうにねえ。と。
もしここが東京なら。
予約をしたのに来ないひとのひもじさを。
心配する店があるだろうか。こんなにも。
東京なら、というのは。
正しくないのかも知れない。
たとえば波止場食堂が東京にあっても。
おばあのやさしさとあったかさは変わらないだろうから。
おばあのつくる、ソバの味も。
店を出て、レンタカーに乗る。
今度はパイナップルができる時期においで。
おばあのパイナップルはおいしいよぅ。
そういうおばあに。
また来るね、と応える。
車が走り去るまで。
おばあはずっと手を振っている。
私もずっと手を振り返す。
小さな港の小さな食堂の話。
#波止場食堂[西表島]
写真は波止場食堂がある上原港。