土井志ば漬本舗から、夏の漬物だよりが届いた。
茄子の漬物がおいしそうだったので、すぐきの刻み や志ば漬などの定番の品とともに田舎の両親に送る。


早速に母から到着の電話が入った。
「ナオ、ありがとう~。漬物おいしかったわ」
「良かった。もう食べたの?」(ちょっと食べるの早くないか?)
「ううん、まだ」


……。


いつものことながら、母との会話は注意しなければならない。
本人には一切悪気はないのだが、なにかを超越してしまっているのだ。
その数時間後。実際に食べて、本当においしかったという電話はきたけれど。


もうすぐお盆。今年もいつものように数日間帰省する。
東京で生活をはじめてから12年。
いまだに田舎に帰るときも〝帰る〟だし、東京に戻るときも〝帰る〟になる。
不思議なバランス。


兄とふたりの弟に、帰省の日程をメールする。
兄弟が全員そろうほうが楽しいので、たいていはみんなで日程をあわせることになる。それぞれが少しずつ調整して。
そのハブの役割は私がするので、この時期は頻繁に兄弟間でメールや電話をしあう。


東京にいる末弟以外と顔をあわせるのは年末以来だ。
田舎に帰ると。たいてい男の兄弟たちは登山やスキーに連れ立って出かけ、私と両親は買い物に行く。

そして両親が寝た後は、夜更けまで仕事やお互いの恋人の話をする。


もっと若い頃は、こんなふうにわざわざ予定をあわせて兄弟と会おうとか、明け方まで話をしようなんて思っていなかった。たまたま帰省して、誰かしらいたら嬉しい。その程度だったように思う。


いつでも会えると思っていたせいだろうか。家族というものに甘えていたせいだろうか。
それともそんなことすらも。考えていなかったから?


家族や兄弟の大切さは年を負うごとに増してくる。私の場合。
子供のころはもっと傲慢だった。自分ひとりですべてを解決できるような気がしていた。

誰が支えていなくても、守っていなくても。
でも実際にはそうではないし、それに家族がいるということは、決して当たり前の状況ではないのだ。


今年は8月3週目のあたまに長野に帰ることにした。兄弟たちの協議結果。
ひさびさに家族がそろう日。