梅雨が明け。いよいよ夏がやってくる。
私は夏ばてをしないたちなので、食欲がないというまわりの人たちを尻目に、もりもりといろいろなものを食べられる。幸いなことに。
しかしまわりの人の食欲がない夏の暑い日などには、たまにはお蕎麦でも食べに行こうか、となる。


おいしい蕎麦屋は長野にある。
とは、長野で生まれ育った人なら誰しも思うところだろう。もちろん私も。
しかしここは東京。
そんなわけでお邪魔するのが、神田のやぶそばである。


神田やぶそばは、旧神田連雀町にある。
大きな通りを少し入ったオフィス街。
そこに忽然と、昔ながらの一軒家があらわれる。羽目板を配した古い木造住宅。
木づくりの立派な門構え。前庭。そして手前に並ぶ高級車。


臆することなかれ。
神田やぶそばは、蕎麦屋である。
ふつうに蕎麦屋、である。
値段は街のお蕎麦屋さんと変わらない。


がらりと格子戸を開けて、店に入る。
街の蕎麦屋にしたらやや広い店内には、椅子席と小上がり。
ゆっくり楽しみたいなら小上がりをすすめたい。


神田やぶそばの素晴らしくかつ奥深いところは、なんといっても注文を告げるうたいだろう。
姐さんがとった注文を、帳場のご婦人が広い厨房に伝えるわけなのだが。
ふつうのお店が無造作に、あるいは小さな声で注文を告げるのに対し、この店は朗々と注文をうたいあげるのだ。


せいろうぅぅぅ、いちまいぃぃぃぃ


店中に響き渡る、美しいうたい。

このうたいのニュアンス、その美声は。
残念ながら。文字では伝わらない。絶対に。
ぜひ一度。生で聞いていただきたいものである。
高らかに響く、蕎麦屋のうたいを。


#神田やぶそば[神田淡路町]