忙しい毎日が続いている。
日中は会議や打ち合わせだらけ。
仕事が終わらずに朝日を見ることも度々。週末も仕事が入りがち。
6月の半ばくらいまでは、いまの状態が続くだろうか。
忙しいのは仕方がない。
だけれども。ゆっくり本が読めないのはとても悲しいことだ。
恐らく私は活字中毒の部類に入ると思う。
たとえばトイレにいるときやシャワーをしているときに、置いてある洗剤やシャンプーの裏側の文字を読んでしまうくらい。それも毎回同じものなのに。ここまでいくともはや病気だと笑われているのだけれど。
もちろんのんびりとお風呂に入れるときは、お風呂で本を読む。
忙しいとはいえ、それでも週に3~4冊は読むだろうか。
雑誌や新聞やwebを足せば、結構な量になるだろう。
それでもまったく読み足りない。
ああ本当に。ゆっくり本が読みたいな。
本を読む習慣ができたのは、恐らく子供のころのことだと思う。
私の家は、中学校に上がるまではみんなひとつの部屋で寝る。
眠りにつくまでの短い時間。
母が毎晩本を読んでくれた。私たち兄弟のために。
絵本のこともあれば、芥川や太宰のこともある。
母が忙しい日は、年長の子供たちが母の代わりをする。
兄のこともあったし、私のこともあった。
加えて、家には大量の蔵書と、ほかのことには吝嗇でも本を買うことには寛容な家風があった。
親も兄弟もみんなが本を買ってくるから、みるみると本が増えていく。
そんなふうにして、本を読むことは、食事をすることや音楽を聴くことと同じくらいの自然の営みになった。私にとって。私たち兄弟にとって。
本を読めない世界は、たぶん拷問に近い。
ああそしていまの私は。
そんな拷問に近い生活を強いられているのだ。
晴れた日の午後に。
公園や好きなカフェや家のソファで。
ゆっくり本が読みたい。
頭のなかを空っぽにして。