長野のある小さな町に、それはそれは素敵なカフェがある。

やじろべえという名のそのカフェは、
暇があるとヒマラヤやあちこちの山に行ってしまう、登山家のご主人が営む小さなお店。

丸太小屋の店内のそこここに、ご主人が撮ってきた山の写真が飾られている。

ここのアイスクリームがとてもいい。
つるりと滑らかで、ほどよく甘い。
とてもじゃないけれど、いかつい体つきの、無骨さを絵に描いたようなご主人がつくるとは思えないおいしさ。

長野に住んでいた頃、当時小学生だった弟や家族と、あるいはひとりで、
よくこのお店にアイスクリームを食べに行った。

高校生のある時期、私はあまり学校に行かなかった。
私の両親は一風変わったところがあり、そして本人たちも似たような高校時代を過ごしていたせいか、そんな娘を咎めることもなく、心配していたとしてもそれを表面には出さなかった。
おかげでのびのびと高校に行かないことを満喫し、行かないことに飽きるとまた高校に行った。

学校に行かないといっても、何かに反発してとか、あるいは何かに悩んでということでは全くない。
友達もたくさんいたし、授業もそれなりにおもしろい。
ただそれよりも、家でのんびりしたり、高校に行く途中の河原で寝転んでいる方が楽しかったのだ。相対的に。

そして相対的に楽しかったことの一つが、やじろべえに行くこと。

明らかに高校生の私とどう見ても小学生の弟が一緒にお店に行っても(弟は休日だったのだと思う。多分)、
ご主人はいつも変わらず、いらっしゃいと迎えてくれる。
誰に対しても変わらない、少し照れたような笑顔と風体で。

そして私たちはアイスクリームを食べるのだ。

世にもおいしい、山男特製のアイスクリーム。
弟と話ながら、ひとりで本を読みながら、私はここでいくつかの大切なことを学んだ。
たとえばひとの心を温めるひととの接し方について。
たとえば子どもをひとりの人間として認めることについて。

いまでも長野に帰るときには、やじろべえに寄ることにしている。
そしていつものアイスクリームを食べる。
運良くご主人が山に登っていなければ、だけれど。


#お茶処 やじろべえ[長野県千曲市稲荷山]