高野山第二世 真然大徳 傅燈国師忌 | ♫ラジオ寺子屋・高野山♫ 南山坊のブログ

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高野山第二世 真然大徳 傅燈国師忌


初夏の頃より鳴きはじめたヒグラシの声も少しずつ小さくなり季節の移り変わりを感じる今日この頃。お山へ参詣に訪れた人びとは、夕暮れ の涼風を浴びながら帰路へと向かいます。

さて、現在私たちが目の当たりにする総本山金剛峯寺の前身は、太閤秀吉公が亡き母大政所の供養のために建立した⻘巌寺であることはよく知られていますが、時代を遡れば当地に覚鑁上人が鳥羽上皇の院宣を得て創建した大伝法院の存在を知る人は多くありません。

上人がこの地へ大伝法院を建立したのは、亡き高野山第二世真然大徳を尊崇する故に大徳廟堂 の地へ思いを馳せたといわれます。

大師入定後、⻑年高野山の整備に尽力した大徳は、学徒養成を目的として春に修学会 、秋に練学会の伝法二会を興しましたが、いつしかなくなり、それを知る覚鑁上人は足跡をたどって大伝法院建立、さらに伝法会の再興を意図しました。 

現在金剛峯寺の土室の⻄奥二間に、畳を敷かず床のままの箇所が残っています。これを真然床といい、その下はまさに真然大徳廟堂 の旧跡なのです。
本年5月、真然床には愛染明王尊像が再び祀られました。一説に金剛峯寺の名は『瑜祇経』から取ったといわれますが、愛染明王はその経典に欠かせない重要な尊格です。

大師より愛染明王の秘法を授かった大徳は、 生涯祈りを捧げて三昧に入り入寂されたのです。

今年も真然僧正の命日 9 月 11 日には、金剛峯寺で傳燈国師忌を執り行います。南無傅燈国師

『月刊高野山』令和5年9月号「高野山歳時記」第23回 より