木食応其上人 | ♫ラジオ寺子屋・高野山♫ 南山坊のブログ

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本日FMはしもと ラジオ寺子屋・高野山の収録で紀の川市桃山町の真言宗御室派 興山寺へ参りました。




天正18年(1590)秀吉の帰依を受けた木食応其上人が高野山に興山寺を建てた同じ年に高野山領の安楽川庄(現在の紀の川市桃山町全域)に同名の寺を建てたと伝わります。興山上人とも呼ばれ、高野山の危機を救ったことで有名です。

3年後の文禄2年には、同じく秀吉が願主となり応其上人に命じて青巌寺(剃髪寺)を造営しています。


そもそも、秀吉が紀州攻めの際に高野山側が上人を使者として送りました。その後、秀吉は応其を信頼をして帰依するようになり「高野の木食にあらず 木食の高野なりと 」と言わせたほどです。

詳細は下記のリンクをご覧ください。興山寺蔵 応其上人の座像写真あり。木食応其と高野山



紀の川市の興山寺では120年程前まで応其上人の護符を授与していましたが、現在はその護符と版木の所在は確認できず、また高野山を救った上人の記憶が忘れられようとしていることで、今秋410年忌にあたり護符の再興を発願しました。


木食応其上人の護符復刻については、クラウドファンディングという方法を取っています。下記サイトには詳しいことが記載されていますのでご一読ください。

120年前に途絶えた高野山の護符 “災い転じて福と為す守り札”復刻プロジェクト


ちなみに副住職は最近まで日本を代表する大手広告代理店に勤めてマーケティングを実践してきました。寺院にもその理論を応用できると考えて、現在は様々な場で活動しています。


この収録については、来週のFMはしもと    ラジオ寺子屋・高野山で放送予定です。

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