荒野に呼ばわる声

  荒野に呼ばわる声

      耳を澄ませば聞こえてくる
                 
                   南山 遥

孔子再来を要する国

 

あきれた大国である。その名前は言わない。

小国の隣国の外交官が、わざわざ行かなくても良いのに、

ご挨拶に行った。

 

それを迎えた大国の外交官が、両手をズボンのポケットに

わざわざ突っ込んで、挨拶を聞いている。恥の上塗りとは

このことだ。

今回の経緯を知らない世界の国々が見ても、

「こりゃ、何だい? 礼儀を知らない国がまだあったのか」

と驚くに違いない。そして言うだろう、

「かの国が生んだ偉大な礼の教師孔子先生の再来が必要だ」と。

 

世界は矛盾に満ちている。

徳と礼が少なかったから、偉大な教師が登場して、徳と礼を

命がけで説かざるをえなかった。

そのことを再自覚して、世界の国々はお互い付き合ってほしい。

小さな国は、騒がず、慌てず、じっくりと真実を把持して眺めて

いれば良い。「抱き込み商法」に一喜一憂しては学習能力の足り

ない国として足元を見透かされる。「武士は食わねど高楊枝だ」。

特に大メディアの諸君、後で恥をかかかなために、しっかり

学習してほしい。          南山 遥

 

「わざわいなるかな、彼らはおのれを見て賢しとし、

 みずから顧みて、聡しとする」 旧約聖書 イザヤ書5章