箱根の山は天下の嶮箱根の山は天下の嶮言うフレーズから始まる、滝廉太郎作曲の「箱根八里」でも歌われているように、天下=この国中で一番、嶮(けん)=険しいところと言う意味があります。簡単に申し上げますと、日本の大動脈とも言える「東海道」における最大の難所が「箱根峠」です。このように国の中で最も重要な要所、すなわち箱根を制した者(政権)は、天下をも取れる(天下を治める資格がある)と言う意味合いも含まれているのですね。今日のエスコートは彼等💓箱根の関所のお勉強設置編集後北条氏滅亡後、関東には徳川家康が入り、後に江戸幕府を開きました。幕府は須雲川沿いに新道(「箱根八里」)を設置してこれを東海道の本道として整備して、箱根神社の側に関所を設置。地元(元箱根)住民との対立を惹き起こしました。そのため箱根峠寄りに人工の町である「箱根宿」を、元箱根側の芦ノ湖畔に箱根関所を設置しました。箱根関所は一時期を除いては原則的には、相模国足柄下郡及び箱根山を挟んで接する駿河国駿東郡を支配する譜代の大藩小田原藩が実際の管理運営を行っていました。東海道は江戸と京都・大坂の三都間を結ぶ最重要交通路とされました。広いのよ。怪しいw