
ご機嫌 非正規雇用讃歌
身の丈をわきまえることは、大切だな。
昨年度はたくさん働けば、周囲に感謝されて、生活不安が消えると思って、期待していた。だけど、完全に許容範囲を超え、自分を上機嫌にさせるための時間すら取れなかった。
学校が荒れていたこともあり、通常級の授業中、生徒から複数人で示し合わせて嫌がらせを受けることが繰り返されていて、年度初めから勤務時間が長くなると酷い頭痛に悩むようになっていた。
やればやるほど、いいことがある。
やればやるほど、不安は消える。
やればやるほど、周囲から感謝される。
やればやるほど、自分に自信が持てる。
やればやるほど、幸せになれる。
これらはすべて幻だった・・・。
あまりにも心の中に不快の数が累積してしまい、心地よい時間を過ごすことも忘れていた。そのうちに、麻痺してしまい無自覚のまま、周囲の人達にはキツい印象を与えていた・・・。
やればやるほどプラスになんて、ならないんだな。
そんな当り前のことに気が付いたのが、去年だった。
生き方や幸福感は、単純な足し算ではない。
給料は安く立場も弱い非正規雇用の身で、なにを優先させるかは難しい。何事も取捨選択の権利すらないわたしたちの身分では、我慢しがちな毎日だ。長時間ではなく、マイペースを知ってその時間内で働き、生計を立て、自分なりの機嫌を取る方法を見つけては、息抜きをする。自分が最も整えられる文章を書くこと、詩を書くこと、川沿いに点在するベンチに座って、風に吹かれ、散歩中の犬が通り過ぎるのを眺めたり、夕空の変化を見たり、季節毎に咲く花に目を留めたり・・・。それらをルーティンにしたい。
世間一般で言う満足いく生活水準まで持っていくことは、わたしの持てる力では無理だった。残された寿命のうちに車も家も買える日が来るとは思えない。人並みの生活水準に達さずとも、ご機嫌で過ごせる日があることのほうが、何を置いても一番大切だ。非常勤講師は生活できるコマ数を確保することが生命線だ。毎年、年度終わりになると崖っぷちで不安なのだけど、非正規雇用であることを逆手にとり、長時間労働から解放されていることを、喜びたい。
